第53話 不思議な偶然
車両に頼らず、そして人目を避けながらの三人の足取りは緩やかなもので。首都近く、危険区域を背後に据えた街アルベーラに到着したのは、移動を開始してから約四ヶ月後のことだった。
すでに一週間ほど危険区域──街の住人からは“禁止山林”などと呼ばれている──内に潜みつつ、一つ二つ討伐依頼などをこなす日々。
“禁止山林”はやはり“途絶えの森”と同じく、例の“果実”の木が生態系に組み込まれた小山だった。個体数こそ少ないものの、生息するモンスターが凶暴化しているところも同じ。一般人の立ち入りが制限されているのも同じ。ユリエッティらにとってはもはや居心地が良いとすら言え、その点では想定通りの場所だったのだが。
「……こう言ってはなんですが、思っていたより活気がありますわね」
その山林ではなく、アルベーラの街のギルド支部にて。小さな屋内がたくさんの冒険者たちでざわめいている様子に、ユリエッティは思わずといったふうに呟いた。
「ねぇ〜。普段はもっと、のんびりしてる街なんだけどねぇ〜」
受付カウンター越しに、おっとりゆったりたれ目の女性職員が同意するように頷く。次の依頼の手続きを進める彼女の言葉に、ユリエッティもまたゆっくりと続いた。
「やはり、隣国王族の来訪が関連していますの?」
「だねぇ〜」
ヒルマニア王族のヨルド首都来訪の話が耳に入ってきたのは、ユリエッティらが首都へ近づいたここひと月ほどのことだった。すぐにも公式声明がヨルド全土に広まり、しかしそれにも先んじてすでに、首都近辺の街は普段より多くの冒険者が訪れ始めている。
「やっぱり政府的には〜、念のため近辺を掃除? しておきたいみたいだからねぇ〜。政府主導で、報酬がちょっと上がってる依頼とかがねぇ〜」
「掃除、ねぇ」
ユリエッティのかたわら、ムーナは人口密度の高めな屋内を見渡している。
街を訪れてすぐに請け負った掃除の一つをちょちょいとこなしたのは彼女であり、その得物──背負った両刃剣は、かつて『風睨竜』戦で真っ二つに折れたのちにすぐに買い替えた二代目市販剣。規格も先代とほぼ同じもの。金銭的には特注品を拵えられる程度の余裕はあるのだが、ムーナ本人が「もうこっちのほうが手に馴染む」「荒く扱って壊しても、同じものがどこでもすぐ手に入るのはデカい」などと言うものだから、準A級にもかかわらず無銘の剣を握るのがすっかり当たり前になっている。
「お二人さんは、その口じゃないんだよね〜?」
「ええ、わたくしたちはたまたま流れ着いただけですわ。しかし、来訪のたびにこう、というわけではないのですわよね?」
「まぁねぇ」
ユリエッティの知る限り、自身の兄バルエット卿も含むヒルマニア第一王子一派は過去にも数度ヨルドを訪れている。その都度ここまでの騒ぎになっていたなどとは少なくとも兄の口からは聞いておらず、また街の雰囲気からしても、此度の来訪が特別であることが窺えた。
「今度は超美人なお姫様も来るって話でしょぉ? そりゃあ万が一があったらまずいよねぇ〜」
「ふふ、それは確かにそうですわねぇ」
もうそろそろ姫様というような年頃でもないはずだが、なんて言葉は飲み込みつつ、ユリエッティは微笑んで頷く。いつもの第一王子一派に加え、今回は第二王女──ヴィヴィアも同行するという話で。初めてその報を聞いた際には、ユリエッティも少しばかり……いやそれなりに、いやさかなり驚いてしまったもの。
(不思議な偶然、というべきか……)
首都に近付くのと時を同じくして、ヴィヴィアもヨルドを訪れることになろうとは。もちろん、国外だからといって追放処分がなかったことになるわけではない……というか、そもそも来賓たるヴィヴィアと一介の冒険者に過ぎないユリエッティでは、歩みが交わる道理もない。しかしこんな異国の地で、遠く離れたと思っていた恋人とこうも接近するというのだから、どうにも不可思議な話に思えてしまう。
チェリオレーラ曰く「これもまた星の巡り」らしいのだが。精霊の言葉は内包する意味がどうにも煩雑でいまだよく分からないし、下手をするとチェリオレーラ本人も勢いで言ってるだけなのではないかと、ユリエッティは密かに疑っていた。
「っても、それでここまで気合い入れてるのもすごいっていうか、過保護というか。お姫様ってそんなもんなの?」
と、気まぐれに会話に混ざるムーナが今一度、ガヤガヤとうるさいギルド内を見渡す。獣の耳は声を拾い漏らさないためにか、ピンとユリエッティたちのほうだけを向いていた。
「元首様がすんごい気を使ってるって噂はあるねぇ〜」
「ふーん、そんだけ美人ってことなのか」
「ふふ、かもしれませんわねぇ」
仮にも自分の生まれた国の同じ時代の姫君に対して、あまりにも関心なさ気なムーナの物言い。ヴィヴィアはとんでもなく可愛らしくて、きっと今はさらにさらに美しくなっているはずですわ! ……などとはいえないが、しかし、なんだか面白くて、ユリエッティの笑みはますます深まっていく。その妙な反応に、ムーナの表情は怪訝なものへ。
「……一応言っておくけど」
「ええ」
「さすがに王女に手を出すのは無理だと思うぞ」
「くっ、ふふ……ええ、ええ。それは勿論、そうでしょうとも」
九割以上の冗談の中にほんの僅かだけ混じった本気の懸念に、ついにユリエッティの笑みから優美さが剥がれた。ムーナから飛んでくる痛くない肘打ちが、なおのことその表情を崩す。
「ユリエッティさんはぁ、美人さんが好きなの〜?」
「ええ、ご覧の通り」
「だからあんまり近寄ると食われるぞ」
あくまで軽くムーナの腰を抱くユリエッティ。肘打ちを続けながら警告するムーナ。おっとりと笑う女性職員。今日のムーナはツンムーナですわ〜……などとおどけた声は、すぐに喧騒に紛れていった。
ヒルマニア王族らの入国はまだ先だが、どうにも少しばかり浮足立ってしまうのは否めない。首都近辺も、あるいはユリエッティも。




