第49話 身の振り方
「──そもそもあのサイズ差で番おうとするのが無理のある話。生殖なんてできるわけがない」
とはネビリュラの言。
とんぼ返りで“途絶えの森”へ戻ってきたユリエッティとムーナがその愚痴を聞く。『風睨竜』接近以来、久しぶりな気もする三人での夜は、木々の隙間からでも星々がよく見えるほどに晴れきっていた。
「ドラゴンとはかくも不思議な生態ですわねぇ」
「なんというかまぁ、災難だったな」
「……災難と言うなら、アナタ達もだけど」
今回、ユリエッティとムーナは随分こそこそとこの森へ踏み入っていた。モンスターではなく、人の目を気にするように。もとより人の出入りはほとんど無い危険区域ではあるが……とにかく、振る舞いや顔付きからして、何かがあったのは間違いないだろう。詳しいルールは知らないながら、他者の依頼に割り込んだらしい二人に何かしらのペナルティがあったとしてもおかしくはないと、ネビリュラはそう察していた。
「ご明察、ですわ」
なるべくおどけたような口調で、ユリエッティがざっくりと顛末を伝える。
現在、ユリエッティとムーナの冒険者としてのランクは準A級から条件付き準A級相当へと仮降格されていた。一部の依頼受領やギルドの備品貸与、助成制度利用などに制限がかかり、今後一定期間内の素行次第で準A級に戻るか、さらにB級へと仮降格するかが決定される。
一応、ドラゴン討伐自体は功績として残り、最低限の報酬も得られはしたが、依頼自体の難度を鑑みればごく少額。冒険者たちのあいだでドラゴン殺しを称える声もないわけではないものの、やはり依頼への横槍と、なによりレルボが大声で吹聴した──ギルド側もそれを強く咎めることはしなかった──、テイムもせずモンスターに肩入れしているという事実が、ヴァーニマ冒険者界隈でのユリエッティらの立場を悪くしていた。
「直接制限を受けたわけではないですが、この近辺をうろついていると怪しまれる可能性はありますわねぇ……」
変なドラゴンに入れ込み、そいつのために他の冒険者の邪魔をしたというのは、一般的な価値観で見れば“危ないやつ”である。今後準A級に戻れたとしてもその印象はずっとついて回る。ヴァーニマでこれまで通りに活動を続けるのは難しいだろう。冒険者の誰もレルボの味方をしているわけではないが、しかし“横柄なやつ”と“危ないやつ”では後者のほうが恐ろしく思われてしまうのもまた、致し方のない話。
「ってわけで、活動拠点を移そうって話になってな」
軽いノリで言うムーナが念願叶ってこの国へ移り住んできたことは、ネビリュラも以前に聞いていた。だというのにこんな状況になってしまい、そしてその原因の一端は協力を求めた(何なら最初は全て任せきりにしていた)自分にもある。そんな思いから、トゲもツノも丸っこい軟体の顔がむにょぉ……と歪む。
「……ごめん」
「え? あー……うん、まぁあんま気にすんなって」
この偏屈な女がまさか人に謝るなんて、とムーナは少し驚いた顔になり、一方でどこか納得もしたようでもあり。そんなちょっとの気まずさを取り払うように、ユリエッティが再び口を開いた。
「そもそもの原因は果実と『風睨竜』」
言いながら立ち上がり、近くに落ちていた例の──発情作用のある果実を手に取って弄ぶ。もちろん口にすることはなく、すぐに離れた木陰のほうへぽいと放り投げて。そのうちにまた何かしらのモンスターが食べるのかもしれないと一瞬だけ考えてから、視線と意識を外した。
「そしてわたくしたちのこの処遇は全て、勝手に介入したわたくしのせいですわ」
「ホントだよまったく」
座り直したユリエッティの脇腹あたりを、ムーナが笑いながら肘でつつく。
処罰が決まってからユリエッティは今一度ムーナに謝り倒し、そしてやはり許された。その際にムーナは、生まれに振り回されるネビリュラへの同情心がなかったといえば嘘になると、そう口にした。確かに主体はユリエッティだったが、ユリのしたいことを手伝うとも言ったが、決して自分の意思がないわけではないのだと。
デュクシ、いってぇですわ、とかなんとか戯れる二人を前に、ネビリュラは本当にぽろりと、頭に浮かんだことを口にしてしまう。話のつながりも何もない一言を。
「……この前から思ってたんだけど」
「なんですの?」
「アナタが……ユリエッティがムーナを見る目、あのドラゴンがワタシに向けてきた目付きと似てる」
「ぐ、ぶふぅっ……!」
思わず吹き出してしまったのはムーナのほう。さらに二、三度肘を当てながら、細まった横目でユリエッティをからかう。
「言われてるぞ、発情期ドラゴンと同レベルだってさ」
「わ、わたくしはきちんと合意を得てから番っていますわよ」
「まあ、それはそう」
いやさ、似ているとは言ったものの。
『風睨竜』のあの目付きには嫌悪感を抱いた。どこの誰とも知らない存在が無遠慮に情欲を浴びせかけてくるのは、なんとも気持ちが悪かった。けれども、盛っているという意味では同じはずのユリエッティの視線は、ネビリュラの目にも同じようでいて何かが違うと感じ取れる。向けられるムーナが(表面上はともかくとして)嫌がらず、むしろ嬉しそうにしているところも含めて。
「まあまあまあ、とにかく」
劣勢と見てか話題を戻そうとするユリエッティの、ネビリュラへと移された視線は柔らかなもの。ムーナへのものとは形が違う親愛の情が込められている。その熱の色の違い。ネビリュラはなんとなしに、もぞりと居住まいを正した。
「わたくしたちはもう、ネビリュラさんの討伐から外されてしまいましたわ。今すぐに、というわけではないでしょうけれど……いずれまた別の冒険者が、ネビリュラさんを狙ってくるでしょう。“この森での平穏な生活を守る”という約束も果たせず、申し訳ないですわ」
次の追手が誰になるのか、レルボがまたどうにか依頼をもぎ取るのか、それはユリエッティにも分からない。けれどもヴァーニマのギルド、そして冒険者たちの反応からして、自分たちのような者が再び現れるとは考えづらいと、言外にそう伝わるような声音。
「別に約束なんてしてないし、アナタ達のせいでもない……けど、また逃亡生活か」
溜め息が一つ、ネビリュラの口から漏れた。『風睨竜』が迫っていると知ったときと似た、うんざりするようなそれが。
「追手がいない今のうちにうんと遠くまで逃げてしまうのが良いと思いますわ。ヴァーニマ支部の管轄外まで」
管轄が変われば情報の引き継ぎが起こる。『風睨竜』のように派手に一直線に爆進していたならともかく、ネビリュラであればその僅かな隙に身を隠すことも不可能ではないかもしれない。だからと続けながら、ユリエッティはテント脇の旅行鞄から地図を取り出した。広大なヨルドの全域が記されたものを。
「この辺りの森林地帯なんか良いと思うんですのよねぇ。そこそこの僻地で、かつ近くに小さな町はあるので、わたくしとムーナも最低限の収入は得られますわ」
焚き火と灯りで照らしながら一点を指すユリエッティ。当然ネビリュラは困惑の声をあげる。
「なんで一緒に行くことになってるの」
「先日もお伝えしたでしょう? もうしばらく三人で仲良くやりたいと」
「それはそうだけど、でも、えっと…………そう、その言葉に同意した覚えはない」
「え、でもネビリュラさん、わたくしたちがいないあいだ寂しかったんじゃありませんの?」
そう言ってユリエッティは、自分たちのテントを見やる。『風睨竜』接近に際して撤去し、そして今日の夕方に戻ってきてから、今一度同じ場所に立て直した小さな寝床。地面は撤去前と同じく綺麗に踏み整えられたままだった。落ち葉の一つもなく、誰かがこまめに手入れしていたかのように。
「…………」
気付かなくて良いことまでいちいち気付きやがる。そんな気持ちをありありと示すような、さっきよりもずっと大げさな溜め息がネビリュラの口から漏れ。次いで、ユリエッティのいやに温かい視線から逃れるように、その顔がムーナへと向けられた。
「……こんなのに振り回されて、大変ね」
同情と共感。ムーナもまた大げさに頷く。
「諦めろ」
「“この森で”というところは守れませんでしたが……“平穏な生活”を送るお手伝いを、是非させていただきたいところですわ」
「「善意の押し売り」」
「ええ、ええ。それもまた、わたくしの悪癖かもしれませんわねぇ」
本気で拒否すれば潔く身を引く、なんてことは伝えない。そんな気がないことは、ムーナもユリエッティも察せられた。始めて見たときには擦り切れていたネビリュラの瞳には、すっかりと生気が、そしてこれみよがしの呆れが宿っていることに気付いていたから。




