表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユリエッティ・シマスーノ公爵令嬢はいかにして救国の英雄となったか  作者: にゃー
第2章 ヨルド共和国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/105

第47話 『風睨竜』討伐 4


 流動化し藪を這うその体は、接地面の多さからか魔力風を受けても安定感を維持したまま。以前にも見せた凄まじい速さでユリエッティの元へと辿り着き、すくい上げるようにして彼女を背に乗せその場を離脱する。同族──少なくとも『風睨竜』にはそう見えていた──が敵に与したことに戸惑ってか、ユリエッティを狙った魔力風弾の雨も一時止んだ。


「ネ、ネビリュラさんっ、どうしてここに?」


「煩い気配と……あと、胸騒ぎがした」


 ドラゴンの視線を引き付けつつ、普段通りの冷めた声音で答えるネビリュラ。幾重にも巻いて羽織られた外套越しに、ユリエッティの手に柔らかな感触が伝わってくる。


「……これ、普段テントとして使ってるやつですわね」


「逃げ回ってるときはこの格好」


 流体化は服が脱げる。だから大きな一枚革で全身を覆い隠して逃げ続け、そして一つ所に住み着く時には、それに骨を通してテントとする。ネビリュラなりの節約術のようなものなのだろうと、ユリエッティは感心するように頷いた。


「なるほど、だから資料には“皮を纏っている”と……いえ、そうではなくてですね」


 そして正気に戻る。

  

「何」

 

「ここは危険ですわ、すぐに──」


「その危険から、たった今助けてあげた」


「むぐぅ……」


 全くその通りであり、さしものユリエッティも強くは出られない。ネビリュラにしてみれば、胸騒ぎに駆られて様子を見に来たらユリエッティとムーナが二人だけでドラゴンとやり合っていたという有り様。しかもなんだか押され気味。それでついつい、飛び出してしまったわけなのだが。


「他の冒険者と一緒に討伐するって話だったはず」


「逃げられた……いえ、わたくしの考えが甘かったというところですわね」


 弱ったような顔をするユリエッティの、服や肌は切り傷だらけ。視界の先で竜の尾と一進一退の攻防を繰り広げているムーナも似たようなもの。


「……二人だって、逃げればいいのに」


「それはできませんわ」


「なんで」


 こちらを見るドラゴンの瞳に──雌を取られると判断してか──怒りが再燃し始めたのを見て、ユリエッティはやり取りを続けながらも、ネビリュラの背から降りようとする。


「危険区域に潜み、そしてわたくしとムーナが討伐を請け負っている限り、ネビリュラさんはあちこち逃げ回らずに済みますわ。その平穏を守るためには、アレを討たねばならない」


「……アナタがそこまでする必要、ある?」


「わたくし、森での生活は結構気に入っていますもの。もうしばらく三人で仲良くやりたいですわ」


「…………はぁ」


 勝手なことを言う、いやそもそもこの女はずっと好き勝手やっている。そう呆れながらネビリュラは体を揺らし、ユリエッティをもう一度背負い直した。地に足をつけ損ねたユリエッティの声もまた、困惑に揺れる。


「っとと、ネビリュラさん?」

 

「……もとはといえば自分が巻いた種」


 災難と言ったほうが正しいのかもしれないが……ともかく、ネビリュラ自身が事の中心にあるのは間違いない。そもそも、言われるがままユリエッティたちに任せていたのも考えてみれば妙な話で、けれども、端から一人でどうこうできる相手ではないのもまた分かりきっていた。なればこそ。


「だから手伝う……違う、手伝って欲しい」


「えっちょっ」


 それが一番しっくり来る形。少なくとも、ネビリュラにとっては。そうして有無を言わせずに、ネビリュラはユリエッティを背負ったまま動き出した。睨み合いを続けていた『風睨竜』へ向かって。

 そんなネビリュラの動きを見て、諸共に痛めつけてでもと腹が決まったのか、『風睨竜』のほうも魔力風弾による攻撃を再開する。ユリエッティとしては気が気ではないが、こうなってしまえばもう問答に興じている余裕などない。

 

「顔を殴る、であってる?」


「そ、うですけれどもっ」


「一発で倒せる?」


「絶命させるのは難しいですが、脳を揺らすことは可能でしょうっ、その間にムーナが上手いことやってくれますわっ……!」


「分かった」


 よく観察していたのだろう。ユリエッティらの狙いを汲み、ネビリュラは地を這い進んで『風睨竜』へと迫っていく。魔力風弾は左右に蠢いて躱し、時には身を乗り出したユリエッティが拳で弾きながら。一旦は開いた両者の距離は瞬く間に縮まるが、竜の頭はいまだ高く届かない位置に。


「放り投げる?」


「正面からではっ、撃ち落とされる恐れが、っとぉっ……!」


「じゃあ一緒に跳ぶ。途中までは」


 瞬時に流体化を解き、二脚でしっかりと地を蹴るネビリュラ。勢いのついた跳躍はひと飛びで大きく距離を稼ぎ、けれどもやはり魔力風に阻まれて、顔面にまではもう僅か届かない。急接近に慄いた『風睨竜』が首を引いたものだから、なおのこと。どころか、ここで撃ち落としてしまおうとでも考えたのか、開かれた竜の顎の前で魔力の塊が生成される。


「……っ!」


 息を呑むユリエッティが先ほども一度見た、レルボの部下二人をまとめて戦闘不能にした強力な魔力風弾。雑に乱射しているそれとは威力も密度も桁が違う。

 スクロール二つ+ムーナのエンチャントでどこまで減衰されているのか、今すぐ跳べば発射前に殴れるか、いやもし間に合わなければ──一瞬のうちに様々脳裏を巡り、しかしユリエッティは、半ば本能的なものに導かれ拳を握りしめていた。


(やってやりますわ……っ!)


 推力を失い滞空する僅かな瞬間。

 見知らぬ攻撃に顔をしかめるネビリュラの背から跳ぶことはないままに、全身に力を込めるユリエッティ。圧力を受けたスライムのような体は外套越しに、彼女の下半身を半ば包み込むように変形する。しっかりと地に足をつけているような安定感。体を捻り、拳の先から腕全体まで魔力を循環させて。ドラゴンブレスをも打ち砕いたという傲握流グランドマスター──師匠の逸話を思い出しながら。ユリエッティは、撃ち出された魔力風弾へと拳を叩きつけ、そして。


 

「──おっひょほほっほほほぅっ!! この出力、やっぱ星の巡り熟してる! これガチでゆりえってゃの時代来てますってぇ!!!」


 

 いやにハイテンションな女の声とともに、竜の暴威は完全に霧散した。


(──は?)


 完全に、である。撃ち出された高威力の魔力風弾のみならず、『風睨竜』の纏っていた魔力風そのものが綺麗さっぱり消失していた。スクロールで無効化したときと同じように、足元の草原すらも凪いでいる。


(これは、何なんですの?)


 ユリエッティの知る限り、自らの拳にこれほどの力は宿っていない。できると分かっていれば最初からやっている。っていうか今の誰だ。自分でもネビリュラでもムーナでも、もちろん目の前で驚愕している『風睨竜』でもない、姿なき女の声。


(聞き覚えが、ありますわねぇ……っ!)


 かつて一度聞いたそれが今再び、幻聴と言うにも妙な熱量を伴って耳元を駆け抜けていった。身に覚えのない出力も相まって、混乱する他ない現象。けれどもその体が自由落下を始める直前に、ユリエッティはどうにか気を取り直した。


「っ! 今はともかくっ!」


「おっと」


 ネビリュラの背を蹴って跳び、今度こそ『風睨竜』の眼前に迫る。空中機動の魔法で体勢を整え、怒り・混乱・驚愕・発情、種々入り交じる竜の瞳を見据えながら、もう一度拳を振り抜いた。


「どりゃァッっ!!」


 今度は想定通り、ユリエッティ自身の知る威力。すなわち、竜の頭を揺さぶるに十分な一撃。悲痛な叫びをあげながら巨体が傾き、機をうかがっていたムーナが、その足元に滑り込む。


「よい……っしょぉぉぉお折れたァァッ!!」


 無理を重ねていた市販剣の刀身と引き換えに、『風睨竜』の左脚が血飛沫をあげた。完全に支えを失ったドラゴンの体が、派手に倒れて大地を揺らす。意識は残ってはいるものの、立ち上がることもままならない。ばたばたと暴れる大きな翼も、魔力風を失った影響かすぐに飛び立てる状態にはないようで。


 そして、そうなれば当然。


「ふんッ! はァッ! オラァッッ!!」


 地をのたうつ頭部へと、ユリエッティが乱打を浴びせる。それだけで身の丈を軽々超える竜頭を、何の容赦もなく暴力で壊す。右に左にと絶え間もなく。一撃のたびに苦しげな悲鳴があがり、巨体がびくびくと痙攣する。やがて耐えかねた鱗が剥がれ飛び、牙が飛び、棘が飛びツノが飛び、やがてやがて悲鳴が全く飛ばなくなって。潰れた肉と砕けた骨の塊が、かろうじて竜の頭を形作っている……そんな具合になった辺りで、『風睨竜』は微動だにしなくなった。


「……うわぁ」


「まあ、気持ちは分からんでもない。殴れさえすれば大抵のは()っちまうからなぁ……」


 絶命を確認するユリエッティ。その後ろでドン引きするネビリュラと、折れた剣を背負うムーナ。転倒させてからしばらくのうちは二人もちくちくと攻撃に参加していたはずなのだが、『風睨竜』が白目を剥き始めた辺りからはもう、ユリエッティに任せきりとなっていた。


「──ふぅ。さて、と。正直わたくしも、色々混乱しっぱなしではあるのですが……ともかく」


 両手を竜の血で真っ赤に染めあげたまま、ユリエッティがくるりと振り返る。ムーナとネビリュラに向けたその顔には、ここまでと、そしてこれから訪れるであろう苦労への憂いが混じった、疲れたような笑みが浮かんでいた。


「ドラゴン討伐完了、ですわ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] >「……うわぁ」 今回共感できたのがユリエッティでもムーナでもなく ハーフモンスターのネビリュラちゃん(笑) 映像化したら絶対モザイクかけられそうなドラゴン頭部w ドラゴン「ひでぶっ」 …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ