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ユリエッティ・シマスーノ公爵令嬢はいかにして救国の英雄となったか  作者: にゃー
第2章 ヨルド共和国

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第35話 夜の森で


 要件を済ませたユリエッティとムーナは、早々にギルノウルの町を出た。

 また片道ひと月ほどの帰路。ヴァーニマのギルドに立ち寄って“恐らく『変異粘性竜』は危険区域から出ていない”という報告を受けたのち、二人は再び森へと踏み入る。しかし前回遭遇した地点を中心に探索を再開するも、やはり警戒されているのか、一週間ほどかけてもネビリュラの姿を見ることは叶わなかった。より奥地へと逃げ込んでいる可能性が高く、そうなれば当然、探索の方法を変える必要が出てくる。


「──ではまずは三日を目処に、ということで」


「ん」


 だものでそんなやりとりを経て、幾度か夜の森を歩いて確かめてから、ユリエッティたちは危険区域内での野宿を決行した。三泊分だけ森林内に留まり探索範囲を広げるその一日目の夜、木々に囲まれ異様に静まり返った空間で、おこした焚き火の爆ぜる音が二人の耳に響いて聞こえてくる。


「こう静かすぎるというのも、妙な気がしますけれども」


「やっぱ、生き物の数自体が少ないんだろうな」 


 一日目はさしたる成果もなく、どちらかというとより奥地へ入り込む明日が本番。車中泊は何度か経験があったがテントを張ってのキャンプは初めてというのもあり、今日は二人とも体力の温存に努めている。冒険者たちのあいだでも“ないよりはマシ”と好評の簡易なモンスター除け 兼 接近探知のアイテムがテントの頂点に引っ掛けられていた。

 

「こういう経験が浅いというのは、わたくしたちのウィークポイントですわねぇ」


「車で入れない場所に長居するってことが稀だからなぁ……」


 討伐依頼などは現着さえしてしまえば大抵その日のうちに終わらせられるという戦闘技能の高さ、それゆえの経験不足を二人して笑う。しかしそれでも、この依頼を放棄することはできなかった。多少なりネビリュラのことを知った今、他者に──例えばレルボの一派などに──任せてしまうのはどうにも後味が悪い。


「っても、深入りすればするほどやりにくくなっちゃうとは思うけど」


 軽々と“討伐”などと言ってしまって良いものかと、葛藤は強まっていくばかり。ネビリュラを発見してまた会話などしてしまえば、それはますます加速するだろう。だからユリエッティはこのところずっと難しい顔をしていた。


「むしろレ……レルボさんたちは、追いかけていて思うところなどは何もなかったのでしょうか?」


 事前に渡された『変異粘性竜』に関する資料の多くは、レルボのパーティーから得た情報を元に作られている。しかし、一貫して“知能の高いモンスター”という扱いでしかないその記載と実際のネビリュラとの大きな乖離を、ユリエッティは感じてしまっていた。


「資料の内容自体に間違いはないし、正直アタシたちがおかしい側だろ」


「それは……そうかもしれませんけれど」


 モンスターを討つことに疑念を抱くというそれ自体が、普通あり得ないのであって。例えばテイマーなどですら、屈服させて魔法で縛って……というような手順を踏むのだから、ふっと笑うムーナの言う通り、こうまでネビリュラの知性に当てられている自分たちのほうが異常なのだろう。そう考える部分も、当然ユリエッティの中にある。それでも。


「それでも、どうしてもこう……気になってしまうのですわ」

 

「まーあの子はいかにも、ゆりえってゃと縁の出来そうな星の巡りですからねー」


「巡り合わせ、というやつでしょうか──ちょっと待ってくださいな誰ですの今の?」


「え、何が?」


「いや今、女性の声が……っ」


 慌てて立ち上がり、辺りを見渡すユリエッティ。自分のでもムーナのでも、ネビリュラのものでもない声が聞こえた。それもすぐ近くから。だというのに周囲にあるのは木々と暗闇だけで、ユリエッティの、グローブを着けたままの両手に力が入る。


「んー………… 特に何もいないと思うけど……まして人なんて」


 相方の様子にムーナも獣耳をあちらこちらへ向け……しかしピンときてはいない様子。そも気配の探知という点においてはムーナのほうが一歩も二歩も優れており、その彼女が反応を示さないということはきっと、本当に何もいないのだろう。

 しかしでは気のせいだったのかというと、それにしては嫌にはっきりと聞こえた。内容も口調も声音もしっかりと耳に残っている。だものでユリエッティの疑念は消えず、いやいやけれどもムーナが聞き逃すなんて……などと板挟みに。周囲を見渡しているのか頭を振っているのか、本人にもよく分からないままふらりふらりとユリエッティの影が揺れ、そしてやがて、ゆっくりと座り直した。


「……思いのほか、疲れているのかしら」


「気疲れってやつ?」


「かもしれませんわねぇ……」


「それかまあ、危険区域だの“途絶えの森”だの言うくらいだからなんかある……って可能性も無くはないけど」


 なにか特殊なモンスターなどが──ネビリュラ以上に変わった存在などはそうそういないだろうが──住み着いている可能性は、決してゼロではない。そんな考えから、一応はもう少しだけ周囲の警戒を続けた二人だったが……結局それ以降は何か出てくるでもなく何事か起こるでもなく、時間だけが過ぎていった。


「──んじゃ、時間になったら起こすから」


「お願いいたしますわ〜」


 ただでさえネビリュラのことでずっと考え込んでいるのに、ここでも気を張りすぎていたらそれこそ精神的に摩耗してしまう。交代での見張りと接近探知のアイテムに任せて、しっかりと休んだほうが良いだろう。気も落ち着きそう判断したユリエッティは、夜が更けすぎる前にはもう、テントの中へと入っていった。

 相変わらず静かすぎるほどに静かな夜の森は異質な雰囲気を漂わせていたが、だからこそテント越しでも、焚き火の爆ぜる音に混じっても、ムーナの息遣いが確かに感じられる。それがやがて少しずつ、ユリエッティの耳から先の声を薄れさせていく。


(もう少し安全な場所で、レジャーとしてのキャンプというのも良いかもしれませんわねぇ……)


 微睡みの中で、そんな呑気なことまで考えてしまうほどに。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 討伐対象に心揺れる二人 急昇格していった為野営経験が少ない弱点? しかしレジャーキャンプを目論むあたり前向きで図太いw [気になる点] え?なに?ちょっとホラーチック! 次に目覚めたと…
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