第99話 一婦多妻
ネビリュラに続き、ファルフェルナも娶る形となった。
それを知るのはまだユリエッティとごく近しい間柄の者たちのみであり、つまりムーナも当然知っているということ。ファルフェルナとの“探求”あるいは“実験”から日も置かず、ユリエッティはムーナの部屋を訪れていた。時間は勿論夜。まるで自分のベッドかのように遠慮なく枕を背もたれにあぐらをかいたユリエッティの腕の中に、ムーナが背中を預けすっぽりと収まっている。冒険者生活中には無縁だった恐ろしく肌触りの良いネグリジェも、もうすっかり着慣れている様子だった。
「貴族のあいだじゃ、そういうのも珍しくはない……んだよな?」
「ええ、まあ」
“そういうの”とはいわずもがな、ユリエッティが二人の女を妻に取ったことについて。世継ぎを残すための一夫多妻は(少なくはあるが一妻多夫も)、現代ヒルマニアの貴族社会ではさほど珍しくもない。もっとも、その多くは本妻と妾という形ではあるが。
「んじゃネビリュラとお師匠サマも、序列ができちゃうってか?」
ニマニマと、分かっていて聞くムーナの表情が憎たらしく可愛らしく、ユリエッティはその頬をゆっくりと撫でた。
「序列に基づく厳格な管理だなんて、わたくしにできるわけがないでしょうに」
それが必ずしも悪いことだとは思わないが、自分には向いていないとユリエッティもつられて笑う。ファルフェルナなどは、からかうようにしてネビリュラを第一婦人と呼んでいたが……そもそも、妻だなんだという話自体、そのネビリュラが子を宿すまで考えてすらいなかったのだから。
「誰彼かまわず、遠慮なく、だもんな」
「ふふ。ええ、まったく」
ユリエッティが笑い、そして一度会話が途切れた。ベッドの上で少しの沈黙。ムーナがもぞりと身動ぎする、その衣擦れの音だけが小さく鳴る。
「…………」
「…………」
さらに沈黙。
わざとらしいほどに鷹揚なユリエッティの眼差しにもう少しだけ抗って、けれどもやはり敵わずに。やがて渋々と、ムーナの口が開かれた。
「……なんだよ。ネビリュラにはユリから言ったのに、アタシにはこっちから言わせようってか?」
すねたように唇を尖らせるその様子がますます可愛らしく、ここらでユリエッティの眼差しも自然、丸く解けていく。
そう、ついこの間まで、自分が結婚するだの家庭を持つだのなんて欠片も想像していなかった。自分は女を愛する女で、この国での家族の形──男と女の夫婦にだなんてなれないしなろうとも思わないと、ユリエッティはそう考えていた。そういった婚姻の話から逃れられたという点では、公爵家追放はユリエッティにとって確かに“解放”であった。そしてそれは、再びシマスーノ家に戻った時にも変わりなく。どうせ繋ぎの当主、婚姻だ世継ぎだとは無縁のまま。呪いの破壊という形で人口回復に寄与すれば良いのだと、それで果たせなかった貴族の勤めと代われば良いのだと、そう考えていた。
「……ふふ。すみません、少し意地悪してしまいましたわ」
だがどうか。
ネビリュラが自分の子を宿したことで、家族を持つという選択肢が浮かんだ。いや、たとえ制度上は認められずとも家族になれる、ということに気付いた。気付いてしまえば躊躇う理由もなく。そして現代ヒルマニア貴族として、あるいはユリエッティ自身のサガとして、誰か一人だけなどと行儀の良いことは言わない。
だから今、珍しく乙女チックに待っているムーナへと、告げる。
「ムーナ」
「ん」
「わたくしの、妻になってはくれませんこと?」
「……ん」
短い首肯。あっさりとしたものだがしかし、二人にとってはそれで十分だった。
「ま、内縁のってやつだけどな」
「ふふ。ええ、ええ」
そしてどちらからともなく、ニヒルな笑みを浮かべる。表向きの関係はなにも変わらない。言ってしまえば当人らの気持ちの話でしかないのだ。少なくとも、現時点では。だもので余韻に浸るでもなく、さらさらと会話は続いていく。
「昔はヒルマニアでも、同性間の結婚なんて珍しくもなかったそうですが」
人口減少に歯止めがかからず、それゆえにやがて婚姻は異性間でのみ認められるようになった。それはもう、ユリエッティたちが生まれる何代も前のこと。五百年という時間は長く、その間にとことんまで国のあり方を歪められてしまった。ユリエッティがあけっぴろげ過ぎるだけで、今でもヒルマニアでは同性間の情交は一般的ではない。だからこそ彼女の名が隠語として使われているという側面もある。
「呪いも壊せたし……もしかしたらその辺も追々、昔の通りに戻っていくのかねぇ」
「さてどうでしょうか。少なくとも今のままでは、わたくしたちの生きているうちには難しそうですわ」
“果実”の影響など万事全てが解決したわけではなく、そうすぐに、人口が国の規模に対する適正値に戻るわけでもない。これから盛り返していくという段階ではまだ、同性間の婚姻が認められる可能性は低いと、ユリエッティはそう考えていた。同時に、決してゼロではないとも。察してムーナも、今日の本来の目的に触れる。
「魔力結合生殖ってのが上手くいけばまた色々と変わってくるかも、と」
「ええ。とは言ってもご存知の通り、まだまったく目処が立っていないのですが」
言いながらユリエッティは、いっそう深くムーナを抱き込んだ。右手は頬を撫でたまま、左手をゆっくりと、まずはネグリジェ越しにムーナの体に這わせていく。情交の合図に、ムーナの目もとろりと緩みだす。
「っ、ぁ……」
少しのあいだだけ、両者とも静かに相手の体を感じ取る。指が這うごとに、ムーナの口から吐息が漏れる。
「ふふ……」
そんな中でふと、ユリエッティが小さく笑みを漏らした。ひくひく震えるムーナのエルフ耳に目をやりながら。
「……なんだよぉ」
「いえ……思えばこうやって、ムーナとネビリュラを相手に好き勝手やっていたからこそ、わたくしの指先は師匠をも凌駕するものになったのではないかと。ふとそう思ってしまいまして」
「……案外、あり得なくもない話かもなっ……ぁ、んっ」
聞きつけてチェリオレーラが狂喜乱舞している。そんな気配を感じつつ、ユリエッティもムーナもきっとどこかその辺にいるのだろう精霊から意識を逸らす。目の前にいるお互いだけに集中する。
「さてさていい加減、他の子のことは今は忘れましょうか。わたくしも、貴女も」
「ん、ふっ……」
やがてネグリジェの裾の内へと潜り込ませた左手の指先で、ユリエッティはムーナの太ももを撫でる。操る魔力はまだ僅かばかり、通常の人類種の肌では感じ取れない程度のそれだが……
「んひっ♡」
同時に、舌にも微量の魔力を纏わせて尖ったエルフ耳を舐め上げれば、途端にムーナの口から甘ったるい嬌声が。さらに合わせて獣の耳も、右手でゆっくりと撫で愛でる。
「……お耳の助けも借りて、最適な出力を探る。ええ、ええ、今日はその“実験”ですものねぇ」
ファルフェルナとのまぐわいでは最大出力の魔力干渉を。ムーナとのまぐわいではその最適化を。それらをひとまずの目的とし今後しばらく“実験”を進めていこうと、そういう話になっている。それがいつ実を結ぶのか、そもそも通常の人類種同士での魔力結合生殖など本当に可能なのか、なにも分からない手探りの状態。けれどもなんにせよ、もう吹っ切れたユリエッティの手指も舌も止まらない。
「さぁさぁ、お耳以外でもしっかり感じるようになって貰いますわよ。わたくしの魔力を」
「ぅ、ふぅっ……♡ ま、ゆっくり、ぃ゛っ♡」
セフレから始まった今日までの情交の積み重ねは、もうすっかりムーナの心身に絡みついている。彼女が求めていた住みよい場所、耳もなにも自分を隠さなくて良い場所、全部をさらけ出せる場所、それはユリエッティの腕の中なのだと、知らず体が覚え込まされている。実験だろうと、関係が変わろうと、今さら逃れられるものでもなく。ピンと立ったエルフの耳から流し込まれる快楽に、ムーナの脳は今日もどろりと溶かされていった。
次回第100話&『ユリエッティ英雄譚を紐解く』5で完結となります。
できれば日曜日に更新したいと思っています。頑張ります。




