書籍第2巻発売ショートストーリー『思い詰めるリオン』
今日はマリオン殿下、フロレンシと共にヴルカーノに旅行にきていた。
フロレンシはガッちゃんと共に、久しぶりにやってきた故郷を前にはしゃいでいた。
途中、風船を買ってあげると、嬉しそうに駆け回る。
普段、大人びた様子でいるフロレンシだったが、こうしてみるとまだ幼い子どもなんだな、と思ってしまった。
風船を売る商人が、フロレンシを微笑ましい表情で見つつ、思いがけないことを言ってくる。
「かわいらしい息子さんですね」
「あ――ええ」
どうやら商人には、フロレンシが私とマリオン殿下の子どもに見えたらしい。
そんなに大きな子がいるように見えていたのか。
十六で結婚して子どもを産んだとしても、フロレンシくらいの息子がいるのは無理がある年齢なのだが……。
商人が去ったあと、マリオン殿下の反応を見てみたら、暗く落ち込んでいるような表情を浮かべていた。
子どもがいるように見られてショックだったのだろうか。
今はなんだか触れてはいけないような気がして、放っておいた。
それから役所でビネンメーアへの移住についての書類を提出したり、屋敷に戻って私物の整理をしたり、と忙しい時間を過ごす。
ゆっくりできるようになったのは夜だった。
食事を終え、お風呂に入ったフロレンシは疲れてしまったのか、ぐっすり眠っている。
マリオン殿下は元気を取り戻したように見えたが、それはフロレンシがいたからそう見せていただけだったようだ。
マリオン殿下は窓際にある長椅子に腰掛け、珍しくワインを飲みながら、静かに外を眺めている。
まったくらしくない。
そう思いつつ、彼を背後からぎゅっと抱きしめる。
「あ――ララ、どうかしたの?」
「それはわたくしの台詞ですわ」
どうかしているのは、マリオン殿下のほうだろう。そう指摘すると、ようやく自らの元気のなさに気づいたようだ。
「何か、不快に思われるような出来事がありましたか?」
明らかに商人と話したあとにおかしくなったのだが、指摘せずに優しく問いかけてみた。
「いや、なんていうか――どう言えばいいんだろう」
まだ自分の中で解決できていない問題なのだろう。
「わたくしに、聞かせていただけますか?」
「うん、聞いてほしい」
拒絶されたらどうしよう、と思ったものの、マリオン殿下は話してくれるようだ。
彼の隣に腰掛け、話に耳を傾ける。
「さっきさ、商人からレンを僕たちの子どもに勘違いされた話を覚えている?」
「はい」
「それで、僕もいつか誰かの親になるのだろうか、って考えたら、ゾッとしてしまって」
マリオン殿下は極めて特殊な環境で育った。
親の愛を感じず、性別を偽り、自分を押し殺していたのだ。
「そんな僕が立派な親になんてなれるわけがないんだ。そう考えるのであれば、僕はララと結婚する意味がないって思ったんだよ」
それについて、マリオン殿下はぐるぐる考えていたらしい。
「リオン様、結婚は子どものためにするのではありませんわ」
「だったら、なんのためにするの?」
「他人同士が家族になるために決まっています」
マリオン殿下の手を握り、じっと顔を見つめる。
「わたくしは、リオン様と家族になりたいと思っています。結婚とは、ただそれだけの気持ちでできるものなんです」
「ララ……!」
マリオン殿下は私をぎゅっと抱きしめ、耳元で「ありがとう」と言ってくれた。
「子どもについては授かりものといいますか、すべての夫婦が持つわけではありません」
「そう、だよね。最初から結婚すれば親になるものなんだ、って決めつけてしまって、どうかしていたよ」
「それにもし子どもが授かったとしても、問題ありません。親というものは子どもと共に成長するものですから、最初は誰しも未熟なんです」
その言葉を聞いたマリオン殿下はハッとなる。
「もしも私達のもとに子どもがきてくれたら、ふたりで協力して、幸せにしましょう」
暗にマリオン殿下はひとりではない、と伝えた。
すると、彼の表情に笑顔が戻ってきた。
「そうだったね。親は、ひとりじゃないんだ」
この先、私とマリオン殿下に子どもが授かるかはわからない。
けれども子どもを授かったのならば、世界一幸せにしよう。
そう、心の中で誓ったのだった。




