ララとリオンのある日の晩
私とフロレンシ、マリオン殿下と共に暮らす家は、築百年ほどの古民家である。
そのままでは使えないので、床を張り替えたり、外壁にペンキを塗ったり、とさまざまな手を加えた。
大変だったけれど、その分、愛着が湧いている。
毎日マリオン殿下が帰ってくる、というのもようやく慣れてきたところだった。
「ララ、ただいま」
「リオン様、おかえりなさい」
マリオン殿下は両手を広げ、私を抱きしめようとしたのだが、即座に待ったをかける。
「あの、ちょっと待ってください」
「え、何~~。今日一日、この瞬間のために頑張ってきたんだけれど」
「その前に、確かめたいことがあるんです」
マリオン殿下の額に手を当てると、熱を帯びていることに気付いた。
「ララの手、冷たくって、気持ちいい」
「熱があるので、余計にそう思うのでしょう」
私が指摘するよりも先に、マリオン殿下は症状を発する。
「けほ、けほ!」
「やっぱり、風邪を引いているようですね」
「ああ、言われてみればそうかも」
夕方あたりから、ぼんやりしていたようだ。
「今日、フロレンシも熱と咳があって」
「大変だ! お医者様を連れてこなきゃ!」
「呼びました。薬を飲んで、ゆっくり休めばすぐに治るそうです」
「そっかー。よかった」
「リオン様も、温かいお風呂に入って、安静にしていてください」
「え、僕は大丈夫だよ。平気!」
私はマリオン殿下の肩をむんずと掴んで、微笑みながら言った。
「リオン様、どうか安静に、お願いいたします」
「わ、わかった」
物わかりがいいマリオン殿下を抱きしめようとしたものの、今度は向こう側から待ったがかかる。
「ララ、嬉しいけれど、風邪が移っちゃうかも!」
「今日は一日、フロレンシの看病をしていましたが、ぜんぜん風邪の症状などありません。ですので――」
そっとマリオン殿下を抱きしめ、今日もお疲れ様です、と声をかけたのだった。
「ララ、ありがとう。本当に幸せだ」
こんな些細なことで喜んでくれるので、これからももっともっと彼を幸せにしようと思った。
その後、マリオン殿下の咳が酷くなり、食事も喉を通らないほどだった。
用意していた粉薬も飲めないと言う始末である。
「あの、リオン様って、お薬が嫌いなのですか?」
「あ、バレた?」
おそらく、お医者様にかかるのもあまり好きではないのだろう。
「少し、待っていてください」
「あ、うん」
今日、家にやってきたお医者様から、風邪シロップの作り方を聞いていたのだ。
材料はヒソップの枝葉、タイム、ショウガにブラウンシュガー。
まず、鍋に水を注ぎ、ヒソップの枝葉とタイムをことこと煮込む。
ほんのり色付いてきたら、ヒソップの枝葉、タイムを取り出し、鍋にブラウンシュガーを入れる。
さらに煮込んで、とろみがでたら火を止める。最後にショウガを搾った汁を加えて混ぜたら、風邪シロップの完成だ。
「リオン様、風邪シロップを作ってまいりました」
「え、僕のために、わざわざ作ってくれたの?」
「ええ。ブラウンシュガーをたっぷり入れたので、きっとリオン様のお口にも合うはずです」
「ララ、ありがとう」
スープ皿に注いだ風邪シロップを、匙で掬ってマリオン殿下の口元へ運んでいく。
「いかがですか?」
「少しピリッとしているけれど、甘くておいしい。薬の嫌な味はしないよ」
「よかったです」
「これは何が入っているの?」
「咳を鎮めるヒソップに、喉の痛みを緩和させるタイム、それから体を温める効果があるショウガが入っています」
「なるほど。風邪に特化した甘いお薬なんだ」
「そうなんです」
「こんなの、よく知っていたね」
「ええ。お薬嫌いの子どもが多い、というお医者様の話の中で、教えてもらったお薬なんです」
「子ども用だったんだ」
そうだ、と頷くと、マリオン殿下は大笑いする。
「苦しいのは自分自身なのに、お薬を嫌がるのは子どもも同然だと思いまして」
「間違いないね」
マリオン殿下は反省し、明日の朝には薬を飲む約束を交わしてくれた。
その後、食欲も出てきたようで、夕食にと準備していたパンやスープをぺろりと平らげる。顔色もよくなってきた。
「あとは、ゆっくり休んでくださいね。眠るまで、手を握っておきますので」
そんなことを伝えると、マリオン殿下はぽつりと呟いた。
「ララの看病って最高。やっぱり、君に看取られたいな」
その一言は聞こえなかったふりをした。
翌日、風邪を引いていたマリオン殿下とフロレンシは元気になる。
やはり、大切なのは薬をしっかり飲んで、安静にしておくことなのだ。
本日から新連載が始まりました。
タイトルは『再婚したいと乞われましても困ります。どうか愛する人とお幸せに!』です。
ページはこちらから→https://book1.adouzi.eu.org/n5114ik/
◇あらすじ◇
元夫だった男は、平民出身の愛人を贔屓し、妻であるベアトリスを蔑ろにしていた。
ふたりの結婚は先代公爵だった祖父が決めたもの。
祖父が亡くなると、離婚するように命令する。
離婚し、自由になったベアトリスは、祖父が遺した森の奥地にある工房での暮らしを始める。
もう誰にも邪魔されない人生を送れるんだ!と思っていたのに、元夫が再婚してほしい!と迫ってきて……。
もちろん、再婚なんか天と地がひっくり返ってもいたしません。
第二の人生を謳歌する魔法薬師の物語。
◇◇◇
どうぞよろしくお願いします!




