リオン・フォン・マントイフェルの人生について 前編
マリオンという名を授けられてすくすく育ち、早くも二十六年経った。
思っていたよりも長生きできた人生だと自分でも思っている。
自分の人生はどこに着地できるのか、まったく想像できないでいた。
どうせろくでもない死に方をする最期なのだろう――なんて考えていた。
マリオン王女として在ったときは、女装して過ごす苦痛を感じるばかりで、母ともケンカばかりしていた。
母が死んで、リオン・フォン・マントイフェルという騎士として生きるようになってから、マリオン王女という仮の姿に守られていた事実に気付く。
母という後ろ盾を失い、マリオン王女として在るのを止めてからというもの、命を狙われるようになった。
理由は聞かずともわかる。
国王の血を引く男系男子は、これまで王太子エンゲルベルトしか存在しなかった。
そこに突然現れたものだから、脅威に感じたに違いない。
怪しいと感じる人はいたが、糾弾したとしても信じてもらえないだろう。
相手のほうが何枚も上手で、絶対的な権力を持っているから。
ここから逃げ出して自由に暮らしたい、なんて考えたことはなかった。
王宮で育てられた者は、言うなれば鳥かごの中のか弱い鳥のような存在だ。
もしも鳥かごから飛び出すことに成功したとしても、風切羽を切られているような状態なので、ヘビやどぶネズミに捕まって食べられてしまう。同じように、王宮から抜け出しても、外での生き方を知らない僕は、悪い人に見つかって利用されるのがオチだろう。
あがけばあがくだけ無駄なのだ。
できることと言えば、仕込まれた毒で死なないように気を付け、殺されないように警戒するばかりだった。
つまり、リオン・フォン・マントイフェルとしての人生は、現状維持が最大の幸福だと思っていた。
孫娘イルマを亡くした侯爵夫人のもとへ足繫く通っていたのは、母が受けた恩を返したかったから。
母は長年、侯爵夫人を侍女として傍に置き、唯一心を許していた存在だったらしい。
自分自身も彼女におしめを替えてもらったり、夜泣きの世話をしてもらったり、と大変世話になっていたようだ。
自分が物心をついた頃にはすでに侍女を引退していたものの、以降は母のお茶飲み友達として付き合いが続いていたようだ。
母の遺書には、侯爵夫人の新しい友達になってほしい、とあった。
仕方がないと思って通っていたのだが、その魂胆を見抜かれていたのだろう。
侯爵夫人の態度は冷ややかだった。
正直、仲良くなれるのか不安だったが、最終的に侯爵夫人が折れてくれたのだ。
侯爵家に通ううちに、イルマを紹介される。
彼女はとても明るく、朗らかで、たくさんの人達から好かれるような娘だった。
イルマのように振る舞えば、人付き合いが円滑になることを学んだ。
途中、侯爵夫人から「イルマに甘い顔を見せないでくれる?」と苦言を呈される。
なんでもイルマから好意を抱かれていたらしい。「優しくするから、イルマが好きになってしまったじゃない」、なんて言われる。
そんなつもりはまったくなかったのだが……。
イルマはエンゲルベルトに嫁がせるために花嫁修業に励んでいたのだ。それがまさか、責任を取ってほしいと詰め寄られることになるなんて。
もちろん、丁重に断った。
彼女のことは妹のようにかわいいと思っていたけれど、結婚する相手として見たことは一度もない。
もしも結婚したとしたら、彼女まで暗殺の対象にされてしまうだろう。
それだけは絶対に避けたい。
何度も断っていたのに、イルマは母親や侯爵、侯爵夫人への説得を諦めなかったようだ。
最終的に、イルマが諦めるまで仮の婚約者でいてくれと侯爵夫人に頼まれる。
ここ一年ほど、イルマは持病が悪化していて、長くは生きられないだろうと話していた。
束の間の夢に付き合ってほしい。そんなふうに言われてしまうと、断れなくなる。
それからイルマと共に、婚約期間を過ごすこととなった。
結婚の準備は終盤にさしかかり、これ以上進めることはできない。
誰もイルマに真実を教えるつもりはないようだった。ならば、婚約者ごっこは終わりだと直接イルマに伝えるしかないのだろう。
実行したのは彼女が告白したタイミングだったからか、空気は最悪だった。
後日、謝罪の手紙を送ろう。ほとぼりが冷めたら、彼女が好きな花でも送るよう手配しておけばいい。
なんて考えていたのに、イルマは死んでしまった。
彼女は湖のほとりで足を滑らせて、そのまま帰らぬ人となる。
騎士隊の調査では事故だと言われていたが、イルマは身投げをしたのだろう。
申し訳なくて、侯爵夫人に合わせる顔なんてなかった。
けれども彼女を励ますよう侯爵から直接頼まれたので、結局侯爵夫人のもとへ再度通い始める。
イルマを亡くした侯爵夫人は失意の中で生きていた。
呼吸をし、食べ物を口にしているのに瞳に光はなく、死んでいるようだった。
その状態は、イルマを亡くしたあとも続いていった。
一言、二言、短い会話を交わして別れる。
そんな実りのない、不毛なお茶会を繰り返していた。
侯爵夫人との時間が嫌にならなかったのは、自分によく似ていると感じていたからだろう。
死を強く意識し、絶望の中で生きる者達の、生を静かに確認しあうようなひとときだったのだ。
侯爵夫人との不毛なお茶会はこの先も続くと思っていた。
〝ララ〟が現れるまでは。




