早急に治療を!
てっきり危篤状態だというのは、ゴッドローブ殿下を欺くための嘘だと思っていた。
しかしながら、マントイフェル卿は襲撃のさい、本当に致命傷を負っていたようだ。
すぐに医務室に運びこまれ、治療を受ける。
寝台はカーテンに覆われていて、マントイフェル卿の姿は見えなくなった。
治療に当たるのは以前、呪いを受けて倒れたマントイフェル卿のもとに駆けつけた隊医の先生だった。
「縫った傷口が完全に開いている。いったい何をしたらこうなるんだ?」
会場にいた衛生隊員が状況を説明する。
「マントイフェル卿は剣を握ったゴッドローブ殿下を相手に、ナイフ一本で応戦されました」
「なんだと? 淑女のように微笑むだけだと言うから、作戦を許可したと言うのに……」
私を守るために、マントイフェル卿はかなり無理をしたらしい。申し訳なくなってしまう。
マントイフェル卿の苦しむような声が聞こえた。痛みを止めていた薬が切れたのだろう、という隊医の先生の冷静な声が聞こえた。
「す、すぐに鎮静薬を」
「待て。今日はもう、鎮静薬は使えない」
作戦を実行する前に、一日に使える最大の鎮痛薬を処方していたようだ。
「このまま傷口を縫う。マントイフェル卿の口に布を噛ませておけ」
「は、はい」
他の衛生隊員には、手足を押さえておくようにと命じていた。
これから壮絶な治療が始まるようだ。
私はここでしっかり見守って置かなければ。と思っていたが、ハッとなる。
ガッちゃんの蜘蛛細工で作った糸ならば、マントイフェル卿に痛みを与えずに治療ができるのではないか。
「ガッちゃん、お力を貸してくださいますか?」
『ニャ!』
もちろん、と言わんばかりに頷いてくれたので、隊医の先生に声をかけた。
「あの、先生! 少しよろしいでしょうか?」
「あとにしてくれ!」
怒鳴られてしまったが、ここで引くわけにはいかなかった。
「今、聞いていただきたいのです!!」
隊医の先生は苛立った様子でカーテンから顔を覗かせる。
「なんだね!?」
「魔法で傷口を縫うお手伝いをさせてくださいませ」
「何を言っているんだ!?」
「蜘蛛妖精の魔法の糸で、痛みもなく、傷口を塞ぐことができます」
蜘蛛細工を使った治療を行うのは初めてである。
上手くいくかわからないが、大事なのは私の想像力と魔法、それからガッちゃんの存在だ。
成功したら、傷跡も残らないはず。
「わたくしを信じてくださいませ」
「そうは言っても――」
「よい、私が許可する!」
凜とした声が響き渡る。振り返った先にいたのは、王妃だった。
隊医の先生は驚いた表情を浮かべたあと、頭を垂れた。私もあとに続く。
「彼女の腕前はこの私が保証する。ゆえに、すぐに治療に当たらせよ」
「はっ!」
王妃の言葉の効果は絶大だった。
隊医の先生はカーテンを広げ、私を中へと誘う。
寝台の上には、苦痛に顔を歪めるマントイフェル卿の姿があった。
腹部のドレスが裂かれ、真っ赤な傷口が露わとなっている。
目を逸らしたくなるほどの酷い状態だ。
すぐにでも塞がないと、大量の血を失ってしまうだろう。
「ガッちゃん、リオン様をお助けしましょう」
『ニャア!!』
集中し、綿から糸を紡ぐようなイメージで魔力を操る。
これからガッちゃんと共に作り出すのは、傷口を完全に塞ぐ魔法の糸。
縫う際には痛みなどなく、失った血は糸を通して私の魔力で補えるようにしておいた。
浮かび上がった魔法陣に向かって、ガッちゃんが飛び込む。
すると、美しい銀色の糸が生まれた。
『ニャニャニャニャーーーー!!』
指揮棒のように指先を揮うと、マントイフェル卿の傷口が縫われていく。
糸がキュッと締まるのと同時に、傷は跡形もなくなった。
その様子を見ていた隊医の先生が、感嘆の声をあげる。
「驚いた、このような奇跡がありえるのか……!!」
マントイフェル卿の傷は完全になくなり、顔に血色が戻っていく。
どうやら成功したようだ。
力なく垂れていたマントイフェル卿の手を握ると、瞼がゆっくりと開いた。
「リオン様!」
「ララ……君が、僕を助けてくれたのか?」
「わたくしだけではなく、ここにいるみなさまが、リオン様の命を助けるために奔走しておりました」
「そう……ありがとう」
ホッとしたのと同時に、視界がぐにゃりと歪んだ。
「あら?」
マントイフェル卿の無事がわかったので、気が抜けたのか。
全身の力が抜け、周囲の人達の声も遠くなる。
舞台の幕が下りるように、目の前が真っ暗になったので、そのまま意識を手放してしまった。




