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【完結】泥船貴族のご令嬢、幼い弟を息子と偽装し、隣国でしぶとく生き残る!  作者: 江本マシメサ
第七章 事件のすべては氷解する

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愚かな野心を抱く者

 突然、目の前に手が差しだされる。

 優美なレースの手袋に包まれたそれは、近くで見たら大きくてゴツゴツした男性の手だった。

 顔を上げると、マリオン王女が美しい微笑みを私に向けていた。

 もう大丈夫、と言ってくれているようで、泣きそうになる。

 その手を握り、私は立ち上がった。


 マリオン王女は私を胸に引き寄せ、キッとゴッドローブ殿下を睨みつける。

 その視線に気付いたゴッドローブ殿下は、取り繕うように話しかけた。


「マ、マリオン、ドーサ夫人は悪女で、触れてはいけません」

「悪女じゃないし、ドーサ夫人でもない。彼女の本当の名前は、グラシエラ・デ・メンドーサ。ヴルカーノの高位貴族だ」


 マリオン王女が男性のような低い声で言葉を返すので、事情を知らない者達は驚いているようだ。

 正体がバレてもいいのか。マリオン王女改め、マントイフェル卿を見上げる。

 すると、大丈夫だとばかりに頷いていた。


「彼女はメンドーサ公爵家を乗っ取ろうと画策する叔父から逃れるために、命からがらビネンメーアへ助けを求めにやってきた女性だ。そうだよね、ガエル・デ・メンドーサ?」


 ギャアギャアと騒ぐ聞き覚えのある声の主が、縄でぐるぐる巻きにされた状態でやってくる。

 間違いなく、叔父ガエルだった。

 叔父は私を見るなり叫んだ。


「グラシエラ!! お前はなんてことをしてくれたんだ!! メンドーサ公爵家の爵位と財産を凍結してくれたおかげで、私が継ぐはずだったものが継げなかったではないか!!」


 マントイフェル卿がこっそり耳打ちする。

 叔父は私とフロレンシを捜しながらビネンメーアの王都を彷徨さまよっていたらしい。

 まさか叔父がこんなに近くまで迫っていたとは……。

 グラシエラとしてこの国へやってきていたら、すぐに見つかっていただろう。


「ゴッドローブ殿下――叔父上はこの男と共謀し、グラシエラに罪をなすりつけ、悪事を働こうとしていた。そうだったよね、ガエル・デ・メンドーサ?」

「あ、ああ、そうだ! ゴッドローブ殿下の言うことを聞けば、ヴルカーノへビネンメーア軍が侵攻し、侵略したあと、要職に就けてやる、と約束していた!」

「う、嘘を言わないでください!! 私がヴルカーノへ侵攻するなんて、考えるわけがないでしょう!?」

「自分の息子であるエンゲルベルト殿下が即位したら、傀儡かいらいにしてやろうって、考えていたんでしょう?」

「――!?」


 王妃が隠していた最大の秘密を、マントイフェル卿は暴いて明るみに出した。

 国王も知らなかったことである。

 王妃は腹を括ったのか、静かに聞いていた。

 一方、国王は驚愕の表情でゴッドローブ殿下へ問いかける。


「お、おい、ゴッドローブ、嘘だろう? エンゲルベルトがお前の子だったなんて」


 差し伸べられた国王の手を、ゴッドローブ殿下は叩き落とした。

 彼は人のいい仮面を投げ捨てたように思える。


「ええ……。陛下、ご存じありませんでしたか? エンゲルベルトは私と王妃の間に生まれた子です」


 国王は糸が切れた操り人形のように、その場に力なく膝をつく。

 自分の息子だと思っていたエンゲルベルト殿下が、弟の子だと知ったのだ。そうなってしまうのも無理はないだろう。


「ゴッドローブ、な、なぜそのようなことをしたのだ?」

「何もかも手にしていたあなたには理解できないかもしれませんが、何も持たない私が唯一、すべてを手にする手段だったのです」


 ゴッドローブ殿下が何よりも手にしたかったもの。

 それは玉座だった。


「公妾の子である私には、王位継承権が与えられませんでした。たとえ私が陛下を手にかけても、国王にはなれないのです」


 たとえ簒奪さんだつしても、臣下や国民は国王だと認めないとわかっていたようだ。


「ならば、あなたの大切な存在ものを奪おう。そう、考えていました」


 国王がもっとも大切にしていたのは、王妃だった。

 それに驚いたのは、王妃自身だった。


「おや、気付いていなかったのですか? 陛下はずっと、あなたに片想いしていたのですよ?」


 大切にするあまり、心の距離を縮められず――長年、静かに想いを寄せるだけだった。


「控え目な陛下は、強情なあなたとの付き合い方がわからなかったようです」


 王妃と不貞関係になったゴッドローブ殿下は、気付いてしまった。


「権利が与えられないのであれば、自ら奪いにいけばよいのだと」


 それからゴッドローブ殿下は善良な王弟の仮面を被りながら、裏では暗躍してきた。

 エンゲルベルト殿下を即位させ、意のままに操り、ゆくゆくはヴルカーノも侵攻しようと計画を立てていたらしい。

 叔父と繋がっていたのは、野望を叶えるためだったようだ。


「その男をメンドーサ公爵にさせてヴルカーノ国内を掌握しようと考えていたのですが、まさか失敗していたとは……」


 私がメンドーサ公爵家の爵位と財産を凍結してしまったので、ゴッドローブ殿下のヴルカーノでの計画は破綻状態にあったらしい。


「もう少しで上手くいきそうだったのに、その女のせいで――!」


 ゴッドローブ殿下は腰に佩いていた剣を抜き、私に迫る。

 けれどもその刃は私に届かなかった。

 マントイフェル卿が隠していたナイフを握り、ゴッドローブ殿下の剣を弾き飛ばしたのだ。

 それだけでなく、利き手をナイフで貫通させていた。


「ぐはっ――!! き、貴様!!」


 王妃の声が響き渡る。


「その男を捕らえろ!!」


 ゴッドローブ殿下の周囲は騎士に囲まれ、拘束される。

 彼は恨み言を叫びながら、連行されていった。


 続いて、叔父も騎士達に連れて行かれる。


「なっ!? なぜそのように乱暴に扱う!? 話が違うぞ!」


 騎士のひとりが叫んだ。


「ビネンメーア国内での詐欺行為及び、窃盗の罪で拘束する!」


 どうやら叔父はビネンメーアでいろいろな悪事に手を染めていたらしい。一家の恥である。


「ララ――いや、グラシエラ、大丈夫?」


 心配するように私の顔を覗き込むマントイフェル卿だったが、顔色が悪い。

 化粧をしていて尚、このように顔色が悪ければ、顔面蒼白状態だろう。


「わたくしよりも、あなたのほうが――」


 言いかけた瞬間、マントイフェル卿が腹部を強く押さえているのに気付いた。

 スノウホワイトのドレスが、真っ赤に染まっていた。


 マントイフェル卿の体がぐらりと傾く。


「だ、誰か、お医者様を!!」


 どうやら彼は、本当に命の危機の中にいたらしい。

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