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【完結】泥船貴族のご令嬢、幼い弟を息子と偽装し、隣国でしぶとく生き残る!  作者: 江本マシメサ
第七章 事件のすべては氷解する

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土壇場

 マントイフェル卿が亡くなった!?

 信じがたい情報が聞こえ、視界がぐらりと歪む。

 その場に立っていられず、張り詰めた気持ちが抜け、膝から崩れ落ちてしまう。


「昨日、私は何者かに襲撃を受けたのですが、マントイフェル卿は勇敢にも、身を挺して私を守ってくれたのです。彼は英雄です!!」


 ゴッドローブ殿下の声が脳内に反響するように聞こえる。

 まるで夢の中にいるような、現実味がない話を耳にしていた。

 ぼーっとして、意識が遠のいていく。


『ニャニャ、ニャーー!!』


 しっかりして! と言わんばかりのガッちゃんの叫びでハッとなる。


『ニャニャァ……』

「ああ――!」


 これは夢なんかではない。紛うかたなき〝現実〟だ。

 ショックを受け、気を失っている場合ではなかった。私はここで、事件についてゴッドローブ殿下側の主張を聞かなければならないのだから。

 膝にぐっと力を入れて立ち上がる。


『ニャニャア?』


 壁に寄りかかったらどうか、とガッちゃんが提案してくれた気がしたものの、しっかり自分の足で立ちたかった。

 睨みつけるようにゴッドローブ殿下を見ると目が合う。

 なぜ彼は私を見ていたのか。偶然だとしても、このように大勢の中で気にするような状況ではないだろう。


「マントイフェル卿は腹部を刺され、大量の血を失いました。痛みに耐えながら治療を行っていましたが……残念ながら帰らぬ人となりました」


 ゴッドローブ殿下は侍従から受け取ったハンカチを眦に当てて、静かに涙を拭う。

 もしかしたらこのパフォーマンスをするために、マントイフェル卿に止めを刺したのではないか。そんな疑惑すら浮かんできてしまう。


 絶対に許さない。彼の悪事は、衆目の前で暴くべきだろう。

 ゴッドローブ殿下に怒りをぶつけるような視線を飛ばしていたら、今度は私をしっかり見て、一瞬だけにやりと笑ったように見えた。

 やはり彼は私を意識している。いったいなぜ?

 ガッちゃんの蜘蛛細工を使って、私の声をゴッドローブ殿下に届けてやろうか。

 いったい何を考えているのか、と問い詰めたい。

 なんて考えていたら、広間の扉が勢いよく開かれた。

 やってきたのは国王だった。


「ゴッドローブ、リオンが死んだというのは本当なのか!?」

「ああ、陛下……。間違いありません。私のリオンは命を散らしてしまいました」

「なんてことを!!」


 人々の耳目があるというのに、国王はその場にくずおれ、涙を流しながら悲しみに暮れる。


「ああ、ああ、結局あの子に何も、何もしてあげられなかった!!」

「陛下、心中をお察しします。けれどもリオンはとても立派な騎士でした。こうしてじゅんじてしまったことは、彼にとってほまれだったでしょう」


 いったいどの口が言うのか。長年、マントイフェル卿の命を脅かしていたのはゴッドローブ殿下だったのに。


「いったい、いったい誰がリオンをこのような目に遭わせたというのか……!!」

「陛下、ご安心ください。すでに犯人には目星が付いております」


 ゴッドローブ殿下は両手を広げ、ここに集まった人達にも説明する。


「奇しくも、犯人はこの王宮で起きた王妃殿下が所有する首飾りの盗難事件とも繋がっていたようです」


 ザワザワと皆の動揺するような声が聞こえていたものの、ゴッドローブ殿下がパチンと指を鳴らすと静かになった。


「王室と騎士隊を軽んじ、嘲笑うような犯行をする者を、絶対に野放しにはできない。そんな思いから調査を重ねた結果、ついに犯人を発見するに至ったのです」

「ゴッドローブ、それはいったい誰なんだ!!」


 国王はゴッドローブ殿下に縋り、必死の形相で問いかける。

 そんな国王に対し、ゴッドローブ殿下はほの暗い微笑みを向けていた。


「私どもを苦しめた諸悪の根源は――あちらにいるララ・ドーサ夫人です!!」


 ゴッドローブ殿下が私をビシッと指差す。

 皆の視線が一気に集まった。

 近くにいた者達は、まるで波が引いていくように遠ざかっていった。


 私が事件の犯人!? いったい何を言っているというのか。


「彼女はヴルカーノからやってきた貧乏貴族の妻で、素性を調べたところ、夫であるドーサ男爵は賭博で全財産を失い、さまざまな犯罪に手を染める極悪人でした」


 その情報は間違いではない。否定しようがないものであった。


「その妻であるドーサ夫人も、盗難や詐欺などの罪をすべて夫に押しつけたという、ずる賢い女なのです!!」


 もしかしたら本物のドーサ夫人は、そのような行為を働いていたかもしれない。

 まさか、身分を偽るために使っていたドーサの名前が、私の立場を脅かすことになるなんて。


「この女は妖精を従えており、その力を振りかざして公妾カリーナ妃に取り入ろうとしました。それだけでは飽き足らず、王妃殿下のもとにも通い、親しくなろうと画策したようです」


 まさかガッちゃんのことまで利用して証言するなんて。 

 すべて嘘だ! と主張したいのに、喉がカラカラになって言葉が出てこない。


「王妃殿下の侍女になることに成功したドーサ夫人は、寝所に置かれた金庫から首飾りを盗んだのでしょう!」


 人々の視線が針のように突き刺さる。

 この状況は、時間が巻き戻る前の処刑の瞬間によく似ていた。

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