命の行方
マントイフェル卿が襲撃事件の凶刃に倒れ、予断を許さない状況で迎えた翌日。
フロレンシは朝から家庭教師が迎えにやってきて、侯爵家の本邸へと向かった。
見送りを行い、メイドにコテージの掃除と庭の草木の水やりを頼んでから、ゴッドローブ殿下が主催する集まりに行くための身なりを整える。
ドレスは襟が詰まった瑠璃懸巣カラーの、シンプルな物に決めた。
レースやリボンがない、大人っぽい意匠である。これを纏っていたら、年相応に見えない。既婚者に相応しい一着だろう。
背後にあるボタンは、ガッちゃんが丁寧に留めてくれる。
華美過ぎない程度に化粧を行い、髪は三つ編みにしてクラウンのように巻き付けた。
侯爵夫人から社交界の集まりで身に着けるように、と賜った真珠の耳飾りと指輪を装着する。
鏡を覗き込むと、不安げな表情を浮かべる自分自身の姿が映った。
まるで断頭台に立った日のような緊張感に襲われていた。
そう思ってしまうのは、あのときと同じように、王妃の首飾りが絡んでいるからだろう。
このままではいけない。
弱気は相手から付け入られる隙になるから。
『ニャニャ!』
ガッちゃんが小さなレースを作り、ドレスに当ててくれる。
久しぶりに蜘蛛細工をドレスに施してみるのはどうか、と提案しているようだった。
「そう、ですわね。今日はドレスを華やかにしてみましょう」
年若い娘が着ているような、華やかな装いに仕立ててみよう。
襟や裾にレースを施し、袖にはフリルを縫い込んでいった。
こうしてアレンジするだけで、落ち着いた意匠から愛らしい印象へと変わっていく。
『ニャ、ニャ?』
ガッちゃんが髪を下ろす? と聞いてくる。
髪を結わずに下ろす髪型は、未婚女性である証だ。
既婚者であれば、しっかり結い上げておかなければならない。
今日は急に呼び出された集まりである。皆の関心はゴッドローブ殿下にあり、私のことなんて誰も気にしないだろう。
一度くらいはララ・ドーサではなく、グラシエラ・デ・メンドーサとして行っても許してくれるに違いない。
ヴルカーノでよくしていた、左右に垂れた髪をロープ編みにして纏めるハーフアップに仕上げた。
ガッちゃんが仕上げだとばかりに、レースのリボンを結んでくれた。
鏡を覗き込んだ私の姿は、年若い娘に見えた。とても子持ちの既婚者には見えないだろう。
「ガッちゃん、行きましょうか」
『ニャア!』
ガッちゃんは腰に結んだリボンにしがみついている。少し離れた場所から見たら、かわいいボンボンにしか見えないだろう。
出発時間となったのだが、侯爵夫人は現れない。
なんでも久しぶりの社交界なので、準備に手間取っているらしい。
先に行くようにという言付けを受けたので、ひとりで馬車に乗りこむ。
てっきり侯爵夫人も一緒に行くものだと思っていたので、緊張感が増していった。
レイシェルも参加しているだろうか。
ただ、いたとしても、たくさんの人達が呼び寄せられた中で探し出すのは困難に違いない。
あっという間に馬車は王宮に辿り着く。
昼間の集まりということで、人々の装いは夜会ほど華美ではなかった。
私の恰好は悪目立ちしていないようで、内心ホッと胸をなで下ろす。
周囲を見渡してみたものの、レイシェルの姿なんて見つけられるわけがなかった。
人波に溺れるように前に進み、広間へと行き着く。
皆、盗まれた王妃の首飾りについて話しているようだった。
ゴッドローブ殿下はいったい誰を犯人に仕立てるというのか。
落ち着かない気持ちのまま、時間だけが過ぎていく。
入り口のほうを眺めていたものの、侯爵夫人がやってくる様子もなかった。
どうやらひとりで、ゴッドローブ殿下の報告を聞くことになるらしい。
それにしても、思っていた以上にたくさんの人達が集まっていた。
集まりについて知らせるカードを用意するだけでもかなり大変だ。まるで事前に事件が起こることを知っていたかのような、用意周到さである。
ここにいる誰もが、ゴッドローブ殿下が多くの悪事に手を染めていることなど、想像もしていないだろう。
胸に手を当て、何度もため息を吐いたか。
結局、レイシェルや侯爵夫人と合流できないまま、ゴッドローブ殿下が登場した。
喪に服しているような黒い装いで現れたので、ギョッとしてしまう。
いったいなぜ、あのような恰好でやってきたのか。
その理由について、ゴッドローブ殿下はすぐに口にした。
「我が最愛の騎士、リオン・フォン・マントイフェルが先ほど、天に召されました」




