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【完結】泥船貴族のご令嬢、幼い弟を息子と偽装し、隣国でしぶとく生き残る!  作者: 江本マシメサ
第七章 事件のすべては氷解する

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まさかの緊急事態

 一度耳にしただけでは理解できなかった。

 ローザにもう一度言ってほしいと頼むと、今度はゆっくり報告してくれた。


「マントイフェル卿が、ゴッドローブ殿下を庇い、ケガを負ったそうです」


 現在意識不明で、生死の境を彷徨っているという。

 

「治療に集中するため、面会はお断りしているそうです」


 彼が騎士である以上、このような事態は想定していた。

 けれども、マントイフェル卿の命を狙っていたゴッドローブ殿下を庇って、致命傷を負ってしまうなんて……。

 これ以上の不幸はないだろう。

 頭を抱えた瞬間、窓からコツコツと小さく叩くような音が聞こえた。

 音の正体は二時間ほど前に送った鳥翰魔法である。

 窓を開けると勢いよく入ってきて、〝宛先不明〟とだけ文字が浮かび上がった。

 どうやら、マントイフェル卿へ送った警告文は届かなかったようだ。


「ローザ、ありがとう。下がってくださいな」

「は、はい」


 彼女が去ったあと、私はその場にくずおれる。


『ニャニャー!』


 ガッちゃんは銀色に輝く糸を私にそっと差しだす。それは今朝、マントイフェル卿に繋げた魔法の糸である。

 一方的に、私の声や振動を届けられる代物だ。


 すぐに糸を握り、声をかけてみた。


「リオン様、わたくしの声が聞こえますか?」


 驚くほど、か弱く震えた声になってしまった。もしも聞かれていたら、笑われていただろう。

 けれども今、彼は意識がないのだから、聞こえるわけがなかった。


『ニャニャ、ニャー!』


 糸を使い、容態を確認に行ってこようか? とガッちゃんが提案してくれた気がした。

 けれども、ローザから聞いた以上の情報は得られないだろう。


「ガッちゃん、今はわたくしの傍にいてください」

『ニャア』


 めそめそしている場合ではない。治療に当たっている医者がゴッドローブ殿下の手の者ならば治療と称し、手にかけることも可能なはずだ。

 どこか安全な医院に転移させたほうがいいのではないか。

 すぐに侯爵夫人のもとへ行き、マントイフェル卿の状況について話す。

 侯爵夫人にも連絡が届いていたようだったが、すでに手を打っていたようだ。


「侯爵家が懇意にしている医者を数名派遣したわ。彼らの目があれば、下手な治療はできないはずよ」


 腕のいい医者ばかりなので安心して待っておくといい、という侯爵夫人の言葉に頷いたのだった。

 

 ◇◇◇


 それからというもの、なんだか嫌な予感がしたので、侯爵夫人の許可を得てフロレンシが待つコテージに戻った。

 今日はメイドと共に本を読んでいたらしい。


「さっきまでナルがいたのですが、侍女さんがやってきて、お屋敷に連れ戻されてしまいました」

「そうだったのですね」


 ナルというのは、少女に扮したレオナルド殿下である。

 フロレンシは相手が王子殿下だと疑わずに、仲良く遊んでいるようだ。

 急に連れ戻されてしまったのは、王妃の滞在が決まったからだろう。


「なんだかみんな、ハラハラしているように思います」

「ええ……」


 子どもは大人達の些細な変化に敏感なのだろう。

 フロレンシを抱きしめ、大丈夫だからと声をかけておく。


「お母さんも、いつもと少し違います」


 マントイフェル卿が致命傷を負ったと聞いてから、平静を保てなくなっているのだろう。

 貴族の淑女たるもの、いかなる状況でも感情を面に出してはいけない。そういう教育を受けていたのに、フロレンシにあっさり見透かされてしまうなんて。


「少ししたら、何があったか話しますね」

「はい、わかりました」


 物わかりがよすぎる子に育ててしまい、申し訳なくなってしまう。

 私達を取り巻く問題が解決したら、フロレンシを思いっきり甘やかそう。

 たまには我が儘を言えるような環境を作らないといけない。


 緊急事態だからといって、いつもと異なる行動をしたらフロレンシが不安に思うに違いない。なるべく、普段と同じように振る舞わなければ。

 ひとまず夕食の用意でもしよう。

 

「レン、一緒にお料理を作りましょう」

「はい!」


 メイドには早めに家に帰るように言っておいた。

 念のため、ガッちゃんに頼んで侯爵家に結界を張ってもらう。

 これで、不届き者が立ち入ることはできないだろう。


「お母さん、今日は何を作るのですか?」

「干しタラのムニエルにしようかな、と考えていました」

「干しタラ! 大好きです!」


 干しタラというのはビネンメーアの名産品である。

 ヴルカーノにはない物だったので、話に聞いたときは驚いたものだ。

 干しタラは新鮮なタラを塩付けにし、乾燥させたものである。

 もちろん、そのままでは食べられない。

 何度か水を換えつつ塩抜きしなければならないという、非常に手間暇がかかる食材なのだ。

 塩抜きした干しタラの身は、カラカラに乾いた状態からふっくらとした身に戻る。

 これを調理するというわけだ。


 切り分けた干しタラに、パン粉に刻んだ乾燥香草を混ぜたものをまぶしていった。この作業はフロレンシに手伝ってもらう。

 ガッちゃんは魔法で作った糸で、バターを切り分けてくれた。

 鍋にバターを落とし、溶けるまで火を入れる。これに干しタラの皮目を下にして焼いていくのだ。


 ジュワ~っと焼き色が付いていく。表面がキツネ色になったら完成だ。


 フロレンシは干しタラのムニエルが気に入ったようで、三切れも食べた。

 私は正直なところ、マントイフェル卿の容態が気になって気が気でなく、食欲なんてまったくなかった。

 けれども何か口にしないと倒れてしまうだろうと思って、無理矢理にでも詰め込んだ。

 以前の私だったら、何も食べていなかっただろう。

 ビネンメーアにやってきてから、ずいぶんと逞しくなっていたようだ。


 今日は早く眠ろう。

 そう思っていたのに、まさかの訪問で目を覚ます。

 やってきたのは屋敷に届いた手紙を運んでくれたアニーであった。


「こちら、先ほど早馬でドーサ夫人宛に届けられたものです」

「あ、ありがとうございます」


 こんな夜遅くにいったい誰なのか。

 差出人を見るために封筒をひっくり返す。そこに書かれていた名前は、ゴッドローブ殿下のものだった。


 いったいなんの用事で手紙を寄越したのか。

 もしや、マントイフェル卿の容態を知らせる手紙か。

 震える手で封を開く。中には一枚のカードが入っていた。

 そこに書かれてあったのは、王妃の首飾りを盗んだ犯人について話したいので来てほしい、というものだった。 

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