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【完結】泥船貴族のご令嬢、幼い弟を息子と偽装し、隣国でしぶとく生き残る!  作者: 江本マシメサ
第七章 事件のすべては氷解する

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初出勤

 とうとう、王妃の侍女として出仕する日を迎えてしまった。

 支給されたアイアングレイのドレスを纏い、王宮へ向かおう。

 侯爵夫人やフロレンシの見送りを受け、玄関から一歩踏み出すと、馬車と人が待ち構えているのに気付いた。


「ララ、迎えに来たよ。一緒に行こうか」

「リオン様……」


 差しだされた手に指先を重ねる。

 これから向かうのが華やかで楽しい夜会だったらいいのに、行き先は社交界の戦場とも言える王宮だ。

 馬車に乗りこむと、ため息を吐いてしまった。


「まるで初陣を迎える騎士のようだ」

「そういう気持ちを胸に今日という日を迎えました」


 フリルの陰に隠れていたガッちゃんが出てきて、私を励ますように『ニャア』と鳴いた。


「ララ、王宮には僕もいるから。あ、そうだ。ガッちゃんの糸を僕に繋げて、いつでも呼べるようにできないの?」

「可能ですが、いつ呼ばれるかわからない状態になるのは負担になるのでは?」

「ぜんぜん。むしろ、常にララと繋がりがある安心感があるよ」


 マントイフェル卿がいいと言うので、ガッちゃんに魔法の糸を作ってもらって繋げてみる。


「リオン様の腕にガッちゃんの糸が巻きついている状態ですが、いかがですか?」

「ぜんぜん締め付け感はないし、糸も見えないや」


 私にはしっかり見えているので、不思議な気分である。


「これ、本当に糸で繋がっているの? もしかして、バカには見えない糸だったりしない?」

 

 どうやら糸の存在を疑っているらしい。

 ため息をひとつ吐いてから、マントイフェル卿と繋がっている糸を指先で弾いた。

 すると、振動が伝わったのか、驚いた表情で私を見る。


「うわ! 今、腕が少しビリビリした!」

「これで本当に糸で繋がっていると自覚していただけましたか?」

「もちろん! もう一回やってみて」

「お断りします」


 ガッちゃんの糸はこうやって微弱な振動を与える他に、糸を通して私の声を届けることができる。

 さすがに糸を引いてマントイフェル卿を呼び寄せることはできないが、何か危機的状況になったら助けを求められるはずだ。


「ララ、これって僕のほうから声を届けることはできるの?」

「いいえ、できません。声はわたくしのもののみ、届けることを可能としますの」

「そうなんだー、残念。暇なときにララに話しかけようって思ったのに」


 勤務中、急にマントイフェル卿に話しかけられたら困る。通話は一方通行でよかったと思った。


 そうこうしているうちに王宮に到着する。

 ここからひとりだと思っていたのに、マントイフェル卿は私の肩を抱いて歩き始めた。


「あの、リオン様、わたくしは王妃殿下のもとへ行くのですが」

「奇遇だね。僕もだよ」

「な、何か呼び出しを受けているのですか?」

「ぜんぜん。今日のご機嫌はいかがかな~って、気になってさ」


 さほど重要な用事があるようには思えない。それなのになぜ、王妃のもとへ行くのか謎でしかなかった。


「あの、周囲の視線が非常に痛いのですが」


 皆、寄り添って歩く私達をジロジロ見ている。

 あの女はマントイフェル卿とどういう関係なのか、と疑問に思っているに違いない。


「なんでみんな見るんだろー。不躾じゃない?」

「王宮でこのように密着して歩いている者なんておりませんので、不躾なのはわたくし達のほうになりますわ」

「はは、そっか。じゃあ、少し急ごう」


 そう言ったマントイフェル卿は私が想定していなかった行動に出る。

 なんと私を横抱きにし、急ぎ足で歩き始めたのだ。


「な、なぜ、このような行為を!?」

「だってこっちのほうが早いでしょう?」


 皆の視線はちらちら見るどころではなくなった。

 針のようなチクチクとした視線を受ける。


 マントイフェル卿は最終的に、私を抱いた状態で王妃の部屋まで乗りこんだ。


「王妃殿下、おはようございます」

「マントイフェル卿、いったい何事だ!?」


 ここでやっと下ろしてもらえた。

 膝をついて謝罪しようとしたのに、マントイフェル卿が私の手を握るので自由が利かなくなってしまった。


「ララが今日からここで侍女をすると言うので、連れてきたんです」

「どうして貴殿がそのようなことをする?」

「大切な女性ひとなので!」


 あっけらかんと言うので、王妃は言葉を失ってしまったようだ。

 私自身も、信じがたい気持ちになる。


「もしもララに何かあったら、僕は絶対に許しませんので、どうぞよろしくお願いいたします」


 やっと手を離してもらえると思ったのに、マントイフェル卿は私の手の甲にキスをした。

 ぎゃっ! という悲鳴を喉から出る寸前で呑み込む。


 マントイフェル卿は楽しげに微笑んで手を離す。

 とんでもない嵐を巻き起こしてから去っていったのだった。

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