困った状況
王妃の首飾りと行方不明になった公妾を巡る事件は、日に日に大きな騒動となっているらしい。
王妃派と公妾派が小競り合いとなり、騎士隊が派遣される日もあったようだ。
中立派であるゴッドローブ殿下が外交で国を空けていたのも、社交界の秩序が乱れてしまった原因のひとつなのだろう。
国王は姿を消した公妾の行方を案じ、朝食が喉を通らないらしい。
昼食と夕食はしっかり食べているようなので、単なる低血圧なのではないか、とひっそり思っていた。
そんな日々の中、私とマントイフェル卿は王妃の首飾りを東屋に置く日について話し合っていた。
現在、王妃派と公妾派の諍いが原因で、王宮を警戒し見回りをする騎士の数が増えているらしい。
つい先日、公妾が使っていた茶室のカーテンが突然燃えるという小火騒ぎもあったらしく、すべての扉の前に騎士がいるような状況なのだとか。
当然、庭へ通じるリネン室の前にも騎士がいて、こっそり出入りする行為自体が難しくなってしまったようだ。
「なんかもう、首飾りの盗難とか実はどうでもよくて、いい落とし所を各々探っているように思えてならないんだよね」
いくら探しても公妾が見つからず、首飾りも行方知れず。
王宮側の管理体制と、騎士隊の調査能力に対する疑問が各地から上がっているらしい。
「リオン様、こうなったらゴッドローブ殿下に事情を話して、首飾りを託すのはいかがですか?」
今回の問題には王妃派と公妾派が絡んできている。
もしも私達が王妃の首飾りを所持していると知られてしまったら、とんでもない事態になるような気がしてならない。
「いや、ゴッドローブ殿下を頼るのは止めたほうがいい」
「どうしてですの?」
「今、殿下は具合を悪くされているんだ」
なんでもゴッドローブ殿下は騒動を鎮火させるため、朝から夜まで奔走していたらしい。睡眠時間をも削って対応した結果、体調を崩してしまったようだ。
「お医者さんは過度の疲労だって言っていたよ」
「そう、でしたか」
「たぶん、僕達が王妃の首飾りを持っていたら、卒倒して三日は昏睡状態になってしまうかも」
現在、ゴッドローブ殿下は頼れない状況にある。
早く王妃の首飾りを手放したいのに、それを許してくれないようだ。
もしも私が持っているとバレたら――どくん! と胸が嫌な感じに脈打つ。
「ララ、大丈夫。心配しないで」
マントイフェル卿は私の手を握り、励ましてくれる。
すると、驚くほど心が落ち着いた。
「少し、作戦を考えたんだ」
彼はぐっと私に接近し、ボソボソと耳打ちする。
「えっ、そのようなことをして、大丈夫なのですか!?」
「まあ、たぶんみんな今の状況をどうにかしたいって考えているだろうから、受け入れてくれるんじゃない?」
ひとまず、作戦を実行するには準備が必要だと言う。
「カリーナ妃と侯爵夫人の手も借りようかな。ララ、話しておいてくれる?」
「承知しました」
そんなわけで、王妃の首飾りの件については新しい作戦が立てられる。
マントイフェル卿が主になって動く作戦なので、私はひとまず待機するばかりとなった。
◇◇◇
それからというもの、落ち着かない毎日を過ごしていた。
なぜ、このように胸がざわめくのだろうか。
理由について、侯爵夫人から指摘されてしまう。
「あなた、リオンがなかなか会いにこないから、そんなにソワソワしているのね」
「え!?」
跳び上がるほど驚いてしまう。
そんなことはないと思ったものの、たしかに、仕事で忙しいとき以外で、こんなに会えない日々が続いたのは初めてなような……?
「ララ、素直になったら、気持ちが楽になるわよ。認めなさいな」
「うっ……!」
ここで咄嗟に否定できないので、私はマントイフェル卿に会えなくて、もの寂しい気分になっているのだろう。
侯爵夫人はさらに踏み込んでくる。
「リオンのことが好きなの?」
「それは、既婚者であるわたくしが答えられる質問ではありません!」
少々、ムキになってしまったからか、侯爵夫人に笑われてしまった。
「ララ、好きというのは、さまざまな意味があるのよ。友人としての好きならば、既婚者でも答えられるのに」
「あ!!」
そうだった。
まんまと嵌められてしまったわけである。
「リオンに対する気持ちについては、よく考えておいてくれると嬉しいわ」
「しかし」
「いいのよ、好きになっても。ここはヴルカーノではなく、ビネンメーアなんですもの。過去は忘れて、好きに生きていいのよ」
その言葉は、不幸な時間を巻き戻ってやってきた私の心に染み渡る。
「ララ、あなたはずっとレンのために頑張ってきたでしょう。これからは、自分の幸せのために頑張ってもいいんじゃないの?」
侯爵夫人は私の手を握り、「どうかお願いね」と頭を下げる。
「私も、自分の幸せについて考えるつもりだから」
その前に、やりたいことがあると言う。
「ねえララ、手伝ってほしいことがあるの」
「な、なんでしょうか?」
「こっちに来て」
連れてこられたのは、これまで立ち入ることがなかった部屋。
「ここは?」
「イルマの私室よ」
侯爵夫人は振り返り、私をまっすぐ見つめながら言った。
「イルマの遺品整理を手伝ってくれないかしら?」




