公妾と首飾り
「ど、どうしてその首飾りを、カリーナ妃がお持ちなのでしょうか?」
「わ、私もわからないの!! 王妃殿下の首飾りの盗難騒動があったから、念のため私も金庫の中身を確認しておこうと思って覗いたら、なぜか入っていたのよ!!」
公妾は涙を流しながら絶対に盗んでいない!! と強く訴える。
紛失した王妃の首飾りが、公妾の金庫の中で発見された。
すなわち、誰かが罪を公妾になすりつけようとしているのだろう。
「み、見つかったのは、それだけではないのよ」
もうひとつ、テーブルに品物が置かれる。それは黒い瓶だった。
「カリーナ妃、こちらは?」
「とても珍しい毒よ」
なんでも公妾の一族は薬の問屋で、家業を手伝っていたため、詳しいのだと言う。
「この毒はそんなに強くない毒なんだけれど、長い時間をかけてじわじわ体を蝕んでいくの」
遅効性かつ、まるで病気に罹ったようにゆっくり時間をかけて殺害することが可能だと言う。
「こ、これが私の金庫で発見されたの」
まるで公妾がこの毒を用いて、誰かの命を狙っているかのような工作であった。
「これは十年前まで〝痩せる薬〟として貴婦人の間で普及していた品なんだけれど、不審死が相次いでよくよく調べたところ、毒だと発覚したものなの。実家でも取り扱っていた品みたいだけれど、今は販売が禁止されているわ」
公妾自身も何度か使ったことがあったらしく、ひと目でわかったらしい。
「効果的な解毒剤があるから、すぐに飲んだら大事には至らないんだけれど、知らずに飲んでいたらじわじわ命を蝕んでいく、危険な薬なのよ」
なんでも危険な毒だとわかっていて、取引している者達がいるらしい。
公妾は瓶の蓋を開き、中身を見せた。
そこに入っていたのは、薬紙に包まれた散剤。
少し独特な包み方に見覚えがあったので、胸がドクンと嫌な感じに鼓動する。
「こ、これは……」
「ララ、どうかしたの?」
震える手で包みを手に取り、中を確認する。
黄色と白の粒状の粉が混じったこの薬は――間違いない。かつて父が病気の薬として飲んでいたものであった。
父が発作を起こしたときに何度も飲ませていたものでもある。
まさか、あのとき私は毒を飲ませていた!?
「ララ!」
侯爵夫人より名前を呼ばれ、ハッと我に返る。
今は毒について気にしている場合ではなかった。
公妾の話に耳を傾ける。
彼女の金庫で王妃の首飾りと毒が発見されたとき、どうしようか途方に暮れていたらしい。
けれども、廊下が騒がしいことに気付き、耳を傾けたところ、とんでもない情報を聞いてしまったようだ。
「お、王妃殿下の食事に毒が仕込まれていたという話を聞いて、すぐにここにある毒のことだろうと気付いたの」
王妃は自作自演の毒混入事件を起こしてまでも、公妾を陥れようとしている。
「侍女に相談しようか迷ったわ。でも――」
もしも金庫に首飾りや毒を入れられる存在といったら、侍女しかありえない。
「彼女も敵かもしれないと思って、ゴッドローブ殿下に助けを求めようとしたわ」
中立派であるゴッドローブ殿下ならば、助けてくれる。そう信じていたようだが、ゴッドローブ殿下はヴルカーノへ外交に行っていたため、不在だったようだ。
「実家の父も野心を抱くばかりで、私のことは政治の駒としてしか見ていなかったの。もしも父を頼っても、王妃側に寝返って、私の身柄を差しだすとしか思えなくて」
困った挙げ句、王妃と公妾、どちらの味方でもない私の存在を思い出したらしい。
「王妃は首飾りを、あなたにあげようとしていたのでしょう? お願いがあるの。この首飾りはあなたが持ち帰っていた、ということにしておいてくれない?」
「いえ……それは難しいお話かと」
「そんな!!」
まさか、ここで首飾りを押しつけられるような展開になるとは思ってもいなかった。
「だったら、私とレオナルドをここに匿ってくれる?」
侯爵夫人の顔を見ると、首を横に振っていた。
公妾は絶望の淵に立たされたような表情でレオナルド殿下を抱きしめる。
「ひ、酷い……酷いわ! 同じような境遇だったドーサ夫人は助けてもらったのに、私は助けてくれないなんて!」
「カリーナ妃、あなたとララの状況は天と地ほども違うわ」
「で、でも、このままでは、本当に、王妃に殺されてしまうの!」
ひとつ疑問があった。涙で頬をびしょびしょに濡らす公妾に質問してみる。
「あの、どうして国王陛下に助けを求めないのですか?」
「国王陛下は、王妃に弱いの! 強く責められたら、簡単に折れてしまうのよ!」
たしかに、公妾のせいで自分の立場が危うくなるような状況になったら、あっさり切り捨てそうだ。
公妾は天真爛漫で、ふわふわした性格だと思っていたが、しっかり人を見る目はある。
もしも国王に助けを求めていたら、今頃首飾りの盗難と毒を盛った殺人の容疑で捕まっていたに違いない。
「とにかく、私はあなたを助けることはできないの。他の人を頼ってちょうだい」
「そんなの、いないわ。私が社交界で孤立していた噂話を知っているでしょう!?」
公妾がわんわん涙を流す一方、レオナルド殿下は光のない瞳でただただ一点を見つめていた。
彼は自分がこれから迎えるであろう運命を察し、静かに受け入れているように思える。
「私は、私はどうなってもいいの! でも、この子だけは! レオナルドだけは助けてほしい! どうか、お願い!」
公妾の悲痛なまでの叫びが、かつての自分自身の姿と重なる。
周囲の思惑通りに動き、罪をなすりつけられ、殺されてしまった私とフロレンシ。
そんな私達と、公妾母子の様子はよく似ていた。
気付いたときには、公妾のもとへ行き、手を握っていた。
深く考えずに問いかける。
「カリーナ妃とレオナルド殿下は、別人になる勇気はお持ちですか?」




