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【完結】泥船貴族のご令嬢、幼い弟を息子と偽装し、隣国でしぶとく生き残る!  作者: 江本マシメサ
第六章 泥沼にはまりこむ

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思いがけない来客

 誰もが寝静まるような深夜、私はひとり眠れぬ時間を過ごす。

 脳内にさまざまな問題が渦巻いていた。

 イルマの死の謎について、命を狙われるマントイフェル卿、王妃と公妾の不仲、因縁の首飾りが何者かに盗まれた件について――。

 どれも中途半端に情報が集まるばかりで、解決に至っていない。


 それよりも、ビネンメーアで静かに暮らすはずだったのに、不思議なことに社交界での問題に巻き込まれていた。

 いったいどうしてこのような状態になってしまったのか、まったくもって理解不能である。

 私の人生に平穏というものはないのかもしれない。


 唯一よかったと思っているのは、フロレンシのことだ。

 侯爵家でレベルの高い教育を受け、のびのび暮らしている。

 楽しい日々を送っているようで、何よりである。

 最近は背もぐんぐん伸び、少し大人びた顔を見せるときもあった。

 時間が巻き戻る前には、見られなかったフロレンシの健全に成長した姿である。

 これからも彼を愛する大人達に囲まれ、元気よく育ってほしい。

 そう願うばかりであった。


 問題が山積みであるのはたしかだが、現在の私達は時間が巻き戻る前よりずっと恵まれた環境にいる。

 あとは問題がひとつでも解決してほしいところだが……。


 うとうとしはじめた瞬間、扉をコツコツコツと叩く音が聞こえた。


「ドーサ夫人、少しよろしいでしょうか?」


 アニーの声でハッと目覚める。起きているか寝ているか、わからないくらいの浅い睡眠状態にあったらしい。

 このような時間に何用なのか。

 寝間着の上から肩掛けを羽織ると、ガッちゃんが肩に跳び乗ってきた。


「ガッちゃんも起きてしまったのですか?」

『ニャア』


 フロレンシはぐっすり眠っているようなので、ホッと胸をなで下ろす。

 彼を起こさないよう、小さな声で応じた。


「どうかなさったのですか?」

「来客です」


 我が耳を疑うような言葉だった。もう一度聞き返しても、アニーはハッキリ、客が私を訪ねてやってきたと言う。


「このような時間帯に、いったいどなたがいらっしゃったの?」


 アニーが口にしたのは、思いがけないような人物であった。


「ドーサ夫人を訪ねてやってきたのは、カリーナ・フォン・グラウノルン様とそのご子息レオナルド様、です」

「ああ……!」


 額を抑え、思わず声をあげてしまった。

 公妾カリーナ妃とご子息であるレオナルド殿下が、なぜか揃ってやってきたようだ。

 しかも、護衛や侍女を連れておらず、ふたりっきりで現れたと言う。


「外は冷え込んでいたので、客間に通しました」

「わかりました」


 いったいなぜ、公妾がこんな時間に侯爵邸にやってきたのか。

 しかも、面会する相手は侯爵夫人ではなく私だと言う。

 私ひとりで対応できる相手ではない。深夜だが、侯爵夫人にも同席してもらわなければならないだろう。


 着替えている暇なんてない。寝間着のまま、侯爵夫人のもとへ向かう。

 寝室の扉を叩き、部屋に入って侯爵夫人を起こした。


「侯爵夫人、申し訳ありません。少しよろしいでしょうか?」

「……どうかしたの?」


 侯爵夫人はすぐに目を覚ました。怒られるかと思っていたが、優しい声を返してくれる。


「実は、たった今、私を訪ねてカリーナ妃とレオナルド殿下が、護衛や侍女を連れず、ふたりだけでいらっしゃったようで」

「なんですって!?」


 深夜だと言うのに侯爵夫人は目をカッと見開き、よく通る声で叫んだ。


「おそらくなんらかの緊急事態に違いないわ。ララ、すぐに話を聞きにいきましょう」

「え、ええ」


 侯爵夫人はキビキビとした動作で起き上がり、私の腕を引いて客間に向かう。


 客間にいたのは、黒い外套に頭巾を深く被った公妾とレオナルド殿下だった。

 レオナルド殿下とは初めて会うが、公妾そっくりである。


 公妾は私と侯爵夫人を見るなり弾かれたように立ち上がり、こちらへ駆けてくる。

 それから流れるような動作でしゃがみ込み、額を床につけた。


「私達を助けて!!」


 それは悲鳴にも似た懇願であった。

 レオナルド殿下もあとに続き、片膝をついて頭を下げている。


「いったい、あなた達に何があったと言うの?」 


 公妾は涙を流しながら訴えた。


「このままでは王妃殿下に殺されてしまうの!!」

「なんですって!?」


 ひとまず、落ち着いたほうがいいだろう。

 しゃがみ込んで公妾の背中を優しく摩り、長椅子に座るように促す。

 レオナルド殿下は視線を送るだけで、こちらの意を汲んでくれた。


「母上、座りましょう」

「え、ええ」


 公妾は顔面蒼白で、全身ガタガタと震えている。

 このままでは話せる状態ではないだろう。

 アニーにホットミルクに蜂蜜を垂らしたものを作るように命じた。


 春とはいえ、夜はまだ冷え込む。暖炉に火を入れ、部屋を暖めた。

 ホットミルクを飲んで少しだけ落ち着いた公妾に、侯爵夫人は話を聞く。


「それで、何があったの?」


 公妾は答えるよりも先に、テーブルに黒い布で包んだ物を取り出した。


「これはいったいなんなの?」

「な、中身を、見てほしいの」


 侯爵夫人は首を傾げながら、黒い布に包んだ物を手に取る。

 中に入っていたのは、美しい首飾り。


「なっ――!?」


 見覚えがありすぎるそれは、先日盗まれた、王妃の首飾りである。

 

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