思いがけない来客
誰もが寝静まるような深夜、私はひとり眠れぬ時間を過ごす。
脳内にさまざまな問題が渦巻いていた。
イルマの死の謎について、命を狙われるマントイフェル卿、王妃と公妾の不仲、因縁の首飾りが何者かに盗まれた件について――。
どれも中途半端に情報が集まるばかりで、解決に至っていない。
それよりも、ビネンメーアで静かに暮らすはずだったのに、不思議なことに社交界での問題に巻き込まれていた。
いったいどうしてこのような状態になってしまったのか、まったくもって理解不能である。
私の人生に平穏というものはないのかもしれない。
唯一よかったと思っているのは、フロレンシのことだ。
侯爵家でレベルの高い教育を受け、のびのび暮らしている。
楽しい日々を送っているようで、何よりである。
最近は背もぐんぐん伸び、少し大人びた顔を見せるときもあった。
時間が巻き戻る前には、見られなかったフロレンシの健全に成長した姿である。
これからも彼を愛する大人達に囲まれ、元気よく育ってほしい。
そう願うばかりであった。
問題が山積みであるのはたしかだが、現在の私達は時間が巻き戻る前よりずっと恵まれた環境にいる。
あとは問題がひとつでも解決してほしいところだが……。
うとうとしはじめた瞬間、扉をコツコツコツと叩く音が聞こえた。
「ドーサ夫人、少しよろしいでしょうか?」
アニーの声でハッと目覚める。起きているか寝ているか、わからないくらいの浅い睡眠状態にあったらしい。
このような時間に何用なのか。
寝間着の上から肩掛けを羽織ると、ガッちゃんが肩に跳び乗ってきた。
「ガッちゃんも起きてしまったのですか?」
『ニャア』
フロレンシはぐっすり眠っているようなので、ホッと胸をなで下ろす。
彼を起こさないよう、小さな声で応じた。
「どうかなさったのですか?」
「来客です」
我が耳を疑うような言葉だった。もう一度聞き返しても、アニーはハッキリ、客が私を訪ねてやってきたと言う。
「このような時間帯に、いったいどなたがいらっしゃったの?」
アニーが口にしたのは、思いがけないような人物であった。
「ドーサ夫人を訪ねてやってきたのは、カリーナ・フォン・グラウノルン様とそのご子息レオナルド様、です」
「ああ……!」
額を抑え、思わず声をあげてしまった。
公妾カリーナ妃とご子息であるレオナルド殿下が、なぜか揃ってやってきたようだ。
しかも、護衛や侍女を連れておらず、ふたりっきりで現れたと言う。
「外は冷え込んでいたので、客間に通しました」
「わかりました」
いったいなぜ、公妾がこんな時間に侯爵邸にやってきたのか。
しかも、面会する相手は侯爵夫人ではなく私だと言う。
私ひとりで対応できる相手ではない。深夜だが、侯爵夫人にも同席してもらわなければならないだろう。
着替えている暇なんてない。寝間着のまま、侯爵夫人のもとへ向かう。
寝室の扉を叩き、部屋に入って侯爵夫人を起こした。
「侯爵夫人、申し訳ありません。少しよろしいでしょうか?」
「……どうかしたの?」
侯爵夫人はすぐに目を覚ました。怒られるかと思っていたが、優しい声を返してくれる。
「実は、たった今、私を訪ねてカリーナ妃とレオナルド殿下が、護衛や侍女を連れず、ふたりだけでいらっしゃったようで」
「なんですって!?」
深夜だと言うのに侯爵夫人は目をカッと見開き、よく通る声で叫んだ。
「おそらくなんらかの緊急事態に違いないわ。ララ、すぐに話を聞きにいきましょう」
「え、ええ」
侯爵夫人はキビキビとした動作で起き上がり、私の腕を引いて客間に向かう。
客間にいたのは、黒い外套に頭巾を深く被った公妾とレオナルド殿下だった。
レオナルド殿下とは初めて会うが、公妾そっくりである。
公妾は私と侯爵夫人を見るなり弾かれたように立ち上がり、こちらへ駆けてくる。
それから流れるような動作でしゃがみ込み、額を床につけた。
「私達を助けて!!」
それは悲鳴にも似た懇願であった。
レオナルド殿下もあとに続き、片膝をついて頭を下げている。
「いったい、あなた達に何があったと言うの?」
公妾は涙を流しながら訴えた。
「このままでは王妃殿下に殺されてしまうの!!」
「なんですって!?」
ひとまず、落ち着いたほうがいいだろう。
しゃがみ込んで公妾の背中を優しく摩り、長椅子に座るように促す。
レオナルド殿下は視線を送るだけで、こちらの意を汲んでくれた。
「母上、座りましょう」
「え、ええ」
公妾は顔面蒼白で、全身ガタガタと震えている。
このままでは話せる状態ではないだろう。
アニーにホットミルクに蜂蜜を垂らしたものを作るように命じた。
春とはいえ、夜はまだ冷え込む。暖炉に火を入れ、部屋を暖めた。
ホットミルクを飲んで少しだけ落ち着いた公妾に、侯爵夫人は話を聞く。
「それで、何があったの?」
公妾は答えるよりも先に、テーブルに黒い布で包んだ物を取り出した。
「これはいったいなんなの?」
「な、中身を、見てほしいの」
侯爵夫人は首を傾げながら、黒い布に包んだ物を手に取る。
中に入っていたのは、美しい首飾り。
「なっ――!?」
見覚えがありすぎるそれは、先日盗まれた、王妃の首飾りである。




