調査を報告し合うふたり
レイシェルとのお茶会の三日後に、マントイフェル卿が私のもとを訪れる。
今日はフロレンシが庭で遊んでいるタイミングで現れた。
「わあ、リオンお兄さんだ!」
いつの間にフロレンシはマントイフェル卿に懐いたのか、嬉しそうに駆け寄っていた。
勢いよくマントイフェル卿の懐に飛び込む形となったが、びくともせずに抱きとめてくれたようだ。
そのままフロレンシを抱き上げ、こちらへ歩いてくる。
「お母さん、見てください。リオンお兄さんはとても力持ちです!」
幼少期より、こうして抱き上げられることもなかったからか、フロレンシは驚いているようだった。
私にだってあれくらいできる! と思ったものの、最近、フロレンシは背がぐんぐん伸びていて、ずいぶん大きくなっていた。無理は禁物だろう。
今日はフロレンシに木製の剣をお土産として持ってきてくれたようだ。
なんでもずっと、フロレンシは剣を習いたかったらしい。
「リオンお兄さん、いいのですか?」
「いいよ」
マントイフェル卿は剣を手に瞳を輝かせるフロレンシを見ながら、優しく微笑む。それだけでなく、頭を撫でていた。
「レン、少し教えてあげようか?」
「はい!!」
庭の真ん中で、フロレンシはマントイフェル卿から剣を習う。
お遊びの一環かと思いきや、ふたりとも真剣に打ち込んでいた。
そんな様子を眺めつつ、私はガッちゃんと一緒に、フロレンシが剣を吊り下げられる紐を編んでいた。
休憩を入れつつ、一時間ほど行う。
フロレンシは汗でびっしょりになったので、従僕に頼んでお風呂に入れてもらうように命じた。
「ララの家、従僕もいるんだ」
「ええ。男手が必要だろうから、と侯爵夫人が雇い入れてくださいまして」
「ふーーん」
少し不貞腐れたような態度で言葉を返す。
「どうかなさったのですか?」
「いや、僕は一度も家の中に入ったことなんてないのに、あの従僕は自由に出入りできるんだって思ったら、少し面白くないなって思っただけ」
少しと言った割りには、恨みがましいような視線を向けてくる。
「お茶くらいだったら、家の中でも振る舞いますが」
「本当!? あ、でも、レンや侯爵夫人の許可がないから、今日はここでいいや」
事前に手紙でマントイフェル卿が訪問することを知っていたので、朝から木苺のタルトを焼いていたのだ。
家から持ってくると、マントイフェル卿は「おお」と声をあげた。
「もしかしてそれ、ララが焼いたお菓子?」
「ええ、もちろんです」
ヴルカーノでは木苺のシーズンは雨期の辺りだが、温暖な気候のビネンメーアでは春先に市場に並ぶらしい。
少し酸味が強いと聞いていたので、ジャムにしたものをタルトにしたのだ。
切り分けてあげると、嬉しそうに頬張ってくれる。
「ララってば、お菓子作りの天才だな」
「そのようにおっしゃっていただけると、作った甲斐があったものです」
「もしかして、僕のために作ってくれたの?」
「それは――誰だって、お茶会を開く日は、おいしいお菓子を焼くのが礼儀です」
「旦那さんでも?」
マントイフェル卿は私の夫について話題に出すのがお好きらしい。
はーー、とため息をついたあと、答えてあげた。
「夫にお菓子なんて作りません。そもそも甘い物が好きかどうかでさえ、知りませんので」
「へえ、そうなんだ。夫婦なのに、好みも把握していないんだね」
「貴族の結婚なんて、そのようなものですわ」
子どもを生んだあとは、一切会話をせず、別居状態の夫婦だって存在する。
愛し合って結婚する一般的な夫婦と、貴族の夫婦は在り方が異なるのだろう。
「なーんか気に食わないな」
「夫のことは気にしないでくださいませ」
そう言いつつ、ふた切れ目のタルトをお皿に置いてあげる。すると眉間の皺は解れ、にこやかに食べ始めた。
マントイフェル卿の機嫌は、タルトで直るらしい。単純でよかったと思う。
「あー、そうそう。本題へ移るけれど、イルマについて、いろいろ調べたよ」
まずは交友関係について。
イルマを慕っていたご令嬢はたくさんいたようだが、特別深い関係にある人はいなかったらしい。
「彼女はとても病弱でね、茶会や夜会にはあまり顔を出さないほどだったんだよ」
イルマは家柄や年齢など関係なく、気さくな態度で接していたらしい。
飾らない自然体な人柄が、人気を集めていたようだ。
「一番仲がよかったのって、従妹のレイシェルだったと思う。けれども彼女は、イルマのことをよく思っていなかったんじゃないかな?」
なんでもマントイフェル卿の目には、レイシェルの存在がイルマの引き立て役に見えていたらしい。
「そのお話は先日、彼女から直接聞きました」
「あー、やっぱり、本人も自覚があったんだ」
レイシェルの話で思い出す。イルマが手紙で伝えた忠告がなんだか引っかかっていたのだ。
「あの、リオン様は王宮にある庭の、西に位置する東屋についての噂話は何かご存じですか?」
「西方と言えば、王族専用の庭だった気がするけれど」
関係者以外立ち入りが禁じられているようだが、王妃付きの侍女であれば立ち入ることも可能だと言う。
「そこがどうかしたの?」
「いえ、男女の幽霊が出るとか、そういった類の噂があるようで」
「聞いたことないな」
ゴッドローブ殿下は庭に散歩へ出かけることはないらしく、マントイフェル卿でも足を踏み入れたことはないようだ。
「イルマが幽霊を怖がっているならば、余計に夜の裏庭へ足を踏み入れないだろうね」
「ええ。きっと、何か大きな目的があって、向かったに違いありません」
その理由がよくわからない。
イルマの交友関係が狭いと明らかになった今、次なる調査をどこに伸ばせばいいのかわからなくなってしまった。
「とりあえず、東屋に幽霊を見に行ってみる?」
「どうやって行くのですか?」
「偶然なんだけれど、こういう手紙を受け取っていて」
私に差しだされたのは、王家の家紋で封がなされた手紙であった。
宛名は私で、差出人は王妃である。
「バッタリ王妃殿下に会ってしまって、侯爵家に行くと言ったら、ララにこの手紙を渡すように言われたんだ」
「王妃殿下が、いったいわたくしになんの用事なのでしょうか?」
「よくわからないけれど、会いたいみたいだよ」
便箋を開いてみたら、マントイフェル卿が言っていたとおり、お茶でも飲んでゆっくり話したい、と書かれていた。
「王妃殿下に呼び出される心当たりってある?」
「そうですね……。もしかしたら、以前、公妾のカリーナ妃の招待を受けて会ったので、その話が耳に届いてしまったのかもしれません」
「たぶん、それが理由だろうねえ」
マントイフェル卿と顔を見合わせ、互いに苦笑いしてしまった。




