調査の前に
「ララ、イルマの事件の調査をすることについて、一度侯爵夫人に話しておこう。それでもしも反対されたら――」
「ええ、無理にしようとは考えておりません」
この事件について調査したいのは、私の個人的な我が儘である。
それに踏み込んだ結果、危険な目に遭うかもしれないし、侯爵夫人が迷惑に感じる可能性だってあるのだ。
反対されたのならば、あっさり引くつもりだ。
「マントイフェル卿は大丈夫なのですか?」
「僕?」
「ええ。イルマ嬢の事件を調べることに、忌避感などはないのですか?」
「ないよ。むしろ、きちんと調査したいって思っている」
これまでマントイフェル卿は、イルマの死についてあまり考えないようにしていたらしい。
「けれども君が指摘する通り、不審な点が引っかかる」
「もしも危険な目に巻き込まれてしまったら――」
「そのときは僕が君を守るから安心して。これでも、何度も命の危機を掻い潜ってきたから」
「ありがとうございます」
マントイフェル卿の協力があれば心強い。
その前に、侯爵夫人へ話をしよう。
屋敷に戻ると、侯爵夫人は私達を神妙な面持ちで見ていた。
ガッちゃんも私のもとへやってきたけれど、少し様子を窺うように見上げてくる。
「なんなの、ふたり揃ってやってきて」
「実は、侯爵夫人に話があるんだ」
「なんだか嫌な予感しかしないわ」
少し気まずい雰囲気の中、淹れ直した紅茶を囲んで話し始める。
ガッちゃんはテーブルの端っこで、静かに角砂糖を噛んでいた。
「侯爵夫人、実は僕ら――」
「け、結婚はまだ早いんじゃない!?」
マントイフェル卿の言葉を制すように、侯爵夫人が早口で捲し立てる。
「え、結婚?」
まさかの反応に、マントイフェル卿はキョトンとしていた。
シーンと静まり返る中、侯爵夫人は自らの早とちりに気付いたようだ。
「もしかして、結婚したいという話じゃないの?」
「違うよ」
「まあ、紛らわしい!!」
私達がこれまでになく打ち解けた態度でやってきたので、結婚の報告に来たのではないか、と勘違いしてしまったと言う。
「結婚じゃなかったら、なんなの!?」
「イルマの事件について調査したいんだ」
「そんなことだったの――え?」
「もしかしたらイルマは、誰かに殺されてしまったのかもしれない。だから、真実を暴きたいんだ」
侯爵夫人は瞳を見開き、口元を戦慄かせる。
「イルマについて調査することを報告しておきたくて、ララとふたりでやってきたんだ」
「どうして……どうして今さら、調査したいって思ったの?」
まるで押しつぶされてしまいそうな、重苦しい空気が流れる。
侯爵夫人の問いかけに、腹を括っていたらしいマントイフェル卿が答えた。
「彼女が亡くなってから三年も経つのに、足枷のように精神が囚われているような気がしていて……。なぜ命を散らしてしまったのか、はっきり理由がわかったら、本当の意味でイルマの死を認められるような気がするんだ。それは僕だけじゃなくて、侯爵夫人も同じでしょう?」
「それは……」
ここ最近、侯爵夫人は以前に比べて元気になった。
けれども時折悲しげな表情を浮かべ、誰も寄せ付けない空気を放つ時間がある。
そういうとき、侯爵夫人はイルマについて考えているのだろう。
「僕とララが絶対に真実を暴くから、少しの間だけ待っていてほしい」
マントイフェル卿は侯爵夫人の手を握り、頭を下げる。私もあとに続いた。
彼はまっすぐな瞳で見つめる。そこで、侯爵夫人は何かに気付いたようだ。
「リオン、あなたは先の見えない靄の中で、〝一筋の光〟を見つけたのね」
「そうなんだ。侯爵夫人もきっと、抜け出せるから」
絶対に無理はせず、危険な目に遭いそうになったら侯爵家を頼ること。
それを条件に、侯爵夫人は調査を許可してくれた。
◇◇◇
マントイフェル卿はまず、イルマの交友関係を調べてくれるらしい。
友人などの名簿は侯爵夫人が提供してくれた。
私はひとまず、レイシェルからイルマについて話を聞こう。
そんなわけで、久しぶりに彼女を招待することとなった。
「ララさん、お久しぶりね」
「ええ、本当に」
「元気だった?」
「この通り、元気いっぱい暮らしております」
今日は天気がいいので、コテージの庭に招待した。
料理長から旬のルバーブを分けてもらったので、パイにしてみた。
レイシェルはルバーブが大好物だったようで、喜んでもらえた。
三切れほどパイを食べたレイシェルは、私の話に耳を傾ける。
「それで、聞きたいことってなんなの?」
「イルマ嬢について、少しお聞きしたくて」
「あら、どうして?」
レイシェルにはイルマの事件の調査について打ち明けるつもりはない。
もしも何かあったときに、彼女にまで危険が及んでしまう可能性があるから。
そのため、事前に考えていた理由について述べた。
「実は、最近マントイフェル卿のことが気になっていまして」
「まあ! そうだったの?」
「ええ。それで以前、マントイフェル卿はイルマ嬢の婚約者だった、なんて話を聞いていたものですから、彼女がどういう女性だったのか、気になってしまいまして」
さすがに侯爵夫人にはイルマについて聞けない。なんて打ち明けたら、レイシェルは納得してくれた。
「たしかにそうね。でも……」
恋の相手として、マントイフェル卿はオススメできない、とはっきり言われてしまう。それに関しては、私もそう思うと同意しそうになった。
「けれどもララさんの自由よね。ごめんなさい」
「いいえ」
私のほうこそ、嘘を吐いてしまって申し訳なくなってしまう。
事件の解決のためだ、と自らを奮い立たせた。
「それで、イルマ嬢について教えてほしいのですが」
「ああ、そうだったわね。イルマについては――正直なところ、よく知らないと言ったほうがいいのかしら?」
「従姉ですのに?」
「ええ。実を言うと、彼女のことが苦手だったの」
てっきり仲がいいものだと思い込んでいたので、レイシェルの告白に驚いてしまった。




