王弟が語る近衛騎士について
想定外の原因に言葉を失ってしまう。
魔法文化が失われて久しい時代に、呪いで人をどうにかしようという事件が起こるなんて信じられない。
なんでもビネンメーアには、古の時代に魔法使いが残した呪具が多く残されているらしい。
詳しい魔法使いがいない以上、使用や売買を禁じているようだが、それでも呪具を使った事件が起きるようだ。
「幸いにも、王家が保管していた呪いに関する魔技巧品のおかげで、解呪に成功したようです。大量に吐血したので今は起き上がれる状態ではありませんが、二、三日したら、元気になるでしょう」
それを聞いて、張り詰めていた心が和らいでいった。
「隊医曰く、かかった呪いは吐血させて窒息させるものだったみたいです。君が正しい応急処置を施していたおかげで、リオンは苦しまずに済んだと聞きました」
どうしてあのように咄嗟に動けたのか。ゴッドローブ殿下からの質問に対し、父が病気で、吐血することもあったからだと答えた。
「そうだったのですね。賢く、勇敢なご夫人が傍にいたリオンは、幸運だったとしか言いようがありません」
「わたくしはただ、知識として知っていただけですので」
「知識はあっても、想定外の状況を前に、的確な判断をし、動ける者は稀なのですよ」
マントイフェル卿の吐血を見てさほど動揺せずに動けたのは、父のことがあったからだろう。
別に経験があっただけで、褒められるような行為でもない。
会話が途切れたタイミングで、気になっていたことについて聞いてみた。
「あの……マントイフェル卿の命を狙った犯人の目星はついているのでしょうか?」
「それが、わからないのです。リオンはこれまで何度も、何者かに命を狙われていました。何度も調査をしたものの、尻尾を掴むことができなくて」
「な、なぜ、マントイフェル卿は暗殺の対象になっているのですか?」
ゴッドローブ殿下は眉尻を下げ、困惑した表情で私を見つめる。
おそらく何か、簡単に口にできない、複雑な問題があるのだろう。
「あの、以前、マントイフェル卿がある裏組織に所属していて、秘密裏に行動している、という情報を耳にしたのですが、それは本当ですか?」
これに関しては、公妾だけでなく侯爵夫人も把握していた。
きっとゴッドローブ殿下も知っているだろう。
「ああ、それは単なる噂ですよ。リオンは悪い者との繋がりはなく、まっとうに生きている男です。王族である私が、嘘だと証明できます」
それを聞いて、ホッと胸をなで下ろす。
今日、マントイフェル卿と一緒に過ごして感じた印象は、明るく朗らかな人格を被り、本当の自分を隠しているだけの不器用な男性、というものだった。
裏で悪いことをしているようには思えなかったのである。
「あの子は可哀想な子なんです。物心ついたときから母親から抑圧を受け、その母親が亡くなってからは立場が揺らぎ、挙げ句の果てに命を狙われる」
食事に毒が混入されることは日常茶飯事だったらしい。
彼が優しい世界で生きたい、と望んだ理由を知ることとなった。
「だからリオンは他人と食事を取りません。お腹が空いたらふらりとどこかに出かけて、食べ物を調達し、自分で調理します」
今日、彼が何も口にしようとしなかったのは、毒を警戒していたからなのだろう。
「ただ、君が勧めたパンケーキは食べたようですね」
「は、はい」
それだけでなく、私が作った朝食は普通に食べていた。その一件について伝えると、ゴッドローブ殿下は驚いた表情を浮かべていた。
「リオンが他人の作った料理を食べるなんて、奇跡としか言いようがありません。よほど、あなたのことを信用しているのですね」
そうなのだろうか。いまいち、マントイフェル卿からの信頼など感じていなかったのだが。
「私が異国出身だったので、安全だと思った可能性もございます」
「いや、それはないでしょう。リオンは注意深い男ですので。やはり、愛ですよ」
その一言で簡単に片付けていいものか、疑問でしかない。
「とにかく、リオンの傍にあなたみたいな女性がいると知って、安心しました。彼については生まれた頃から見ていて、子どもがいない私にとっては、息子のような存在でしたので」
マントイフェル卿は長年、孤独な立場にいるのではないのか、と考えていた。
けれども、ゴッドローブ殿下のような優しい人が気にかけていたのだ。
「よかったら、今後もリオンを支えてください。もしも一緒になりたいと望むのであれば、手を尽くしましょう」
「いえ、その、わたくしは既婚者ですので」
「暴力をふるう夫から逃げてきたんですよね?」
「ええ……」
その辺の話も、マントイフェル卿から聞いていたようだ。
マントイフェル卿はゴッドローブ殿下を父親のように慕っているのだろうが、なんでもかんでも喋るのは止めてほしい。
「結婚を無効にする方法はいくらでもありますので、気軽に相談してください」
「その、お気持ちだけいただいておきます」
話はこれで終わりのようだ。
立ち上がったゴッドローブ殿下は、マントイフェル卿の顔を見てから帰るようにと言ってくれる。
「リオンについて知りたいときは、本人の口から聞いてください。きっと、話してくれると思いますよ」
「は、はあ」
そんな言葉を残し、ゴッドローブ殿下は部屋から去って行った。




