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【完結】泥船貴族のご令嬢、幼い弟を息子と偽装し、隣国でしぶとく生き残る!  作者: 江本マシメサ
第四章 忍び寄る影

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善悪を見極めるためには

 厳しい寒さは和らぎ、ここ最近は暖かな日差しが差し込む。

 冬は終わり、春を迎えつつあったのだ。

 私は暇な時間を見つけては庭にでて、庭師の仕事を手伝うようになっていた。

 ここ最近、悩み事が尽きないので、草木に触れて癒やしを求めているのかもしれない。

 今日は春に盛りを迎える、薔薇ばらの手入れを行っていた。

 つぼみを持たない新芽を切り落としたり、茎の状態を一本一本確認したり。美しい大輪の薔薇を咲かせるためには、入念に手を加えなければならないのだ。


 ガッちゃんは私が切り落とした茎を集め、自慢の糸で縛ってくれる。

 その働きっぷりを見た庭師のおじさんから、即戦力だ、と褒められていた。

 ガッちゃんは照れくさそうに、『ニャ~』とかわいらしく鳴いていた。


 ぱちん、ぱちんと茎を切る音を聞きながら、ついつい物思いに耽ってしまう。


 イルマはマントイフェル卿に殺されてしまった――。

 公妾から聞かされた話が、頭の中でぐるぐる繰り返されている。

 彼女の死について考えれば考えるほど、不審な点がありすぎた。

 湖に浮かんだ状態で発見された理由についても、誰かに殺されたというのならば納得できる。

 ただ、イルマを手にかけた犯人がマントイフェル卿というのは、信じているわけではなかった。

 他人から聞いた情報だけで、判断するつもりは毛頭なかったのだ。


 いったいどうやってマントイフェル卿について調査すればいいのか。

 考えているところに、背後から声がかかった。


「ララ、こんなところにいたんだ」

「――!!」


 明るく朗らかな男性の声――振り返った先にいたのはマントイフェル卿だった。

 驚いて叫ばなかった私を褒めてほしい。

 相変わらず彼は気配がなく、神出鬼没だった。


 マントイフェル卿がイルマを殺したという話が脳内によみがえり、ゾッとしてしまった。

 信じられないと公妾に言ったものの、いざ本人を目の前にしてしまうと、恐ろしいと感じてしまう自分がいた。


「マントイフェル卿、わたくしに何かご用ですか?」

「別に。顔を見たいなって思っただけだよ」


 いつもだったら、「またまたそんなお戯れを」なんて返していたのだが、今日は咄嗟とっさに言葉が出てこなかった。


「ララ、なんだか疲れてる?」

「そ、そう、ですか?」

「目の下にくまがあるし、顔色もよくない」


 それはここ最近、イルマの死について考えていたら、眠るのが遅くなっていたからだろう。


「休日はゆっくり休めている?」

「ええ、もちろんです」

「何をしているの?」

「それは――」


 コテージの掃除をしたり、フロレンシと本を読んだり、お菓子を焼いたり、料理を作ったり、充実としか言えない時間を過ごしていた。

 しかしながら、私の休日の過ごし方を聞いたマントイフェル卿は驚いた表情を浮かべる。


「ねえ、ララ。それってぜんぜん休んでいるとは言えないよ。立派に働いているじゃないか!」

「働く? わたくしにとって働くというのは、侯爵夫人に侍り、役に立つことです。それ以外は労働とは言いません」 


 そんな私の主張を聞いたマントイフェル卿は、額に手を当てて深いため息を吐いた。

 初めて見る、酷く呆れたような、少し怒っているような反応である。


「休日は気分転換をする日なんだ。その大切さを、君は気付いていない」

「掃除や料理をしたり、レンと遊んだりすることは、わたくしにとっては気分転換です」

「ぜんぜん違うよ。ララ、君は侯爵夫人に頼んで、コテージで働くメイドを雇い入れたほうがいい」

「必要ありませんわ。家のことは、わたくしができますから」

「今は平気でも、何年か経ったら君は倒れてしまうよ。そうなったら君以外、頼りになる家族がいないレンはどうなる? 近い将来、悲しませるとわかっていても、意地を張って続けるとは言わないよね?」


 辛辣しんらつとも言える言葉だったが、間違ったことは言っていない。

 マントイフェル卿の言うとおり、私が無茶をして倒れてしまったら、レンは頼りになる大人がいなくなってしまう。

 

「……言われてみればそう、ですわね」


 ここにやってきてからというもの、他人に頼ってはいけないという考えのもと、せかせかと働いていたような気がする。

 もしも誰かを頼るという行為が許されているのならば、甘えることもひとつの手なのかもしれない。


「マントイフェル卿、ありがとうございます。のちほど、侯爵夫人に相談してみますわ」

「そう、よかった」


 マントイフェル卿は安堵したような表情で微笑む。

 そんな彼を目の当たりにした私は、今、感じている優しさは偽りなのか、本物なのか見抜けないでいた。


「お礼として、デートに行ってもらおうかな」

「ええ、いいですよ」


 今、この瞬間に、彼について調査する方法を思いつく。

 私がマントイフェル卿に近付き、好意があるような素振りを見せたらいいのだ。

 そうすれば、本性を見せてくれるだろう。


 マントイフェル卿は承諾されると思っていなかったのだろう。

 ポカンとした表情で私を見つめる。


「わたくし、何かおかしなことを言いましたか?」

「いやだって、君、僕との付き合いを嫌がってたじゃん」

「そのように見えていたなんて心外です。夫がある身として、マントイフェル卿との適切な距離を取っていただけです」

「だったらなんで、デートに行ってくれるの?」

「気分転換に付き合っていただこうと思って。大切なのでしょう?」


 小首を傾げて問いかけると、マントイフェル卿はこくんと頷いた。

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