驚きの情報
このように美しい女性は初めて見た。国王が夢中になるのも無理はないのだろう。
迫力ある微笑みに、射貫かれそうになる。
声がかかるのを待っていたのだが、笑みを向けられるばかりであった。
途中で、侍女が公妾に何か耳打ちした。すると、公妾はハッとなり、眉尻が下がった。
「ああ、ごめんなさい。どうぞこちらへ」
侍女は額に手を当て、「やってしまった」という表情を浮かべていた。
公妾は貴人とは思えない素早い動きで長椅子のあるほうまで歩き、焦ったように私に勧める。
「はじめまして、私はカリーナ・フォン・グラウノルンよ」
「ララ・ドーサでございます。お会いできて光栄ですわ」
「ええ、私も!」
明るく返され、少し困ってしまう。
想定していた出会いとは、大きくズレていた。
公妾は私に座るように勧めてから、腰を下ろす。その所作も優雅とは思えない、幼い子どもが勢いよく座る様子に似ていた。
その行動を目にした瞬間、侍女の眉がきっとつり上がった。
小さな声で注意された公妾は、しょぼんと肩を落とす。
「不慣れでごめんなさい。誰かをお誘いすることはめったになくて、慣れていないの」
「は、はあ」
なんというか、公妾の見た目は迫力ある美女なのだが、中身は天真爛漫な少女のようだった。
王妃の誕生日パーティーで見かけた印象は、国王を手のひらで転がす悪女、という雰囲気だった。
けれども彼女を前にしたときの印象は、大きく異なっていた。
「えーっと、今日はなんだったかしら?」
公妾は助けを求めるように侍女を見上げる。すると、助け船を出すかの如く、ボソボソと何か教えてもらっているようだった。
「ああ、そう! ヴルカーノの文化について、教えてもらおうと思って!」
何をするにも侍女に耳打ちされ、その通りに行動しているようだ。
口にする言葉も、侍女の言いなりである。
こういう裏表のないところが、国王の胸に響いたのだろうか? よくわからない。
たしかなのは、礼儀が欠けている彼女を、王妃は気に入らなかったのだろうという部分だ。
その後も、ヴルカーノの歴史と文化について軽く触れたのだが、公妾は興味がないようで、上の空だった。
なんというか、正直な女性なのだろう。
会話が途切れたタイミングで、公妾のほうから話題を振られる。
「そう! 気になっていたのだけれど、あなたはどちらの派閥を選ぶの?」
直球な質問に、彼女の侍女と一緒に目を剥いてしまったような気がする。
まさか面と向かって、王妃派か公妾派か聞かれるとは思っていなかったのだ。
「ドーサ夫人さえよければ、私の味方になってほしいのだけれど」
侍女が「そうじゃない、そうではない」と眼力のみで訴えているのを目にしてしまう。
おそらく計画では、遠回しに聞くようにしていたのだろう。
残念ながら侍女は公妾の背後に立っているので、伝わるはずがないのだが。
「私についていたら、何かあったときに助けられると思うの」
「何かあったとき、とはなんですの?」
反射的に聞き返してしまった。
それを今から話すつもりだったのか、公妾は身を乗り出す。
「ドーサ夫人、あなたは今、危険な環境に身を置いているのよ!」
公妾の言葉に、侍女も頷いている。
危険な環境というのは、どういう意味なのか。
「侯爵邸に出入りしている騎士、リオン・フォン・マントイフェルはご存じ?」
「え、ええ。彼がどうかしたのですか?」
「そうなの! あの騎士は、侯爵家を潰そうとしている、裏組織の手先なのよ!!」
公妾は決まった! とばかりに満足げな表情を浮かべる。
「マントイフェル卿は騎士ではなく、別の顔がある、ということなのですか?」
「そうよ。あの男は、悪い男なの」
ある意味では悪い男のような気がするが、裏社会で暗躍するような人とは思えない。
「ドーサ夫人は三年前に起こった、侯爵令嬢であるイルマ嬢が事故死した事件は知っているかしら?」
「え、ええ」
「その事件を起こしたのは、リオン・フォン・マントイフェルと囁かれているの。秘密を知ってしまったイルマ嬢を、闇に葬ってしまったのよ」
「そんな、まさか!」
思わず、相手が公妾であることを忘れ、大きな声をあげてしまった。
マントイフェル卿がイルマを手にかけることなどありえないだろう。
「彼はイルマ嬢にしつこく言い寄られて困っていたようなの。そんな中でイルマ嬢が情報を掴んだものだから、これ幸いと殺してしまったのね」
イルマの死については、不可解な点が多すぎた。
だが、仮に夜中にマントイフェル卿に呼び出されたとしたら、イルマは恐ろしい裏庭でも足を踏み入れただろう。
そして――彼女はマントイフェル卿に殺された。
「にわかには信じられません」
「ええ、わかるわ。私も初めて聞いたときは、驚いたもの」
このまま侯爵家に身を寄せていたら、私自身にも危険が及ぶ可能性があると公妾は言い切る。
「マントイフェル卿のやり方は、はじめは女性に甘い顔を見せて、相手が惚れてしまったら急に冷たくするの。今、彼はあなたに優しくしている段階ではない?」
たしかに、マントイフェル卿は私に優しくしてくれる。
どうしてだろうか、と疑問でしかなかったものの、隠された目的があるならば納得もできる。
「もしもあなたが彼に好意を示したら、あっという間に手のひらを返すと思うわ」
どくん、どくんと胸が激しく鼓動する。
公妾の話をありえないと思いつつも、そうかもしれないと考えてしまう自分がいた。
「しかしマントイフェル卿は王家の生まれです。そんな彼がなぜ、そのような行動をするのでしょうか?」
「えーっと」
公妾が首を傾げた瞬間に、侍女が耳打ちする。
「ああ、そう! そもそもマントイフェルという家名は、これまで存在していなかったの。近年、誰かが作って、王家の一員としてねじ込んだのよ」
話を聞けば聞くほど、マントイフェル卿の怪しさについて浮き彫りになってしまう。
「あなたがどれだけ危険の渦中にいるか、よくわかったでしょう?」
「……」
もしも公妾派になるならば、フロレンシを王子の学友として迎えると言っていた。
王子の友達なんて、志願してもなれるものでもないだろう。
「それからあなたも筆頭侍女としても、迎えるわ。どう? 悪くない話でしょう?」
頭の中はぐちゃぐちゃで、冷静に考えられる状態ではない。
ひとまずここで返事をせずに、いったん持ち帰ることに決めた。




