謎に包まれた男
初めて耳にする情報に、言葉を失ってしまう。
マントイフェル卿もまた、イルマの死を嘆く者のひとりだったようだ。
昨日、彼は眠るように自然に死ぬのは幸せなことだ、なんて言ったのは、婚約者が湖で亡くなっているのを目の当たりにしたからなのだろう。
「お祖母様は王太子であるエンゲルベルト殿下にイルマを嫁がせようとはりきっていたみたいだけれど、イルマが気に入ったのはマントイフェル卿だったのよ」
マントイフェル卿とイルマの出会いは七年前まで遡る。
マントイフェル卿は十年も前から侯爵夫人のもとを訪れていたらしい。
侯爵夫人とマントイフェル卿の母親がお茶飲み友達で、それを引き継ぐ形になった、という話を以前聞いていた。
「マントイフェル卿がお祖母様のもとへ通うようになってから数年経って、当時十四歳のイルマが、マントイフェル卿に一目惚れしてしまったようなの」
本物の王子様だと言って、聞かなかったらしい。
「マントイフェル卿は王家に連なる家系の出身みたいだけれど、王子様ではないわ。だからか、お祖母様は長い間、イルマを説得していたわ」
けれどもイルマのマントイフェル卿へ対する愛は一途で、最終的に侯爵夫人は婚約を認めたようだ。
「イルマは本当に幸せそうだったわ。けれどもマントイフェル卿のほうは――どこか冷めている印象に思えたの」
侯爵夫人には優しい顔を見せていたようだが、イルマに対しては一歩引くような、事務的な態度に見えていたらしい。
「お祖母様やイルマは、マントイフェル卿の態度を照れているのだと解釈していたようだけれど、私はどちらが本当の彼なのかわからなくて」
一方は朗らかで明るいマントイフェル卿。
もう一方は感情を交えず、淡々としているマントイフェル卿。
片手で数えられる回数しか顔を合わせていないレイシェルには、彼の本性が見抜けないでいたらしい。
「もしもマントイフェル卿がイルマに優しくしていたら、彼女が深夜に湖に行って、思い悩むことなんてなかったのでは? と思ってしまうときもあったわ」
イルマは病気がちで、子どもが産めるかわからない、と医者から言われていた。
結婚が近付くにつれて、神経質になっていた部分もあったのだろう。
「ただ、はっきり言えるのは、マントイフェル卿がこれまで親切に接し続けていたのは、お祖母様だけだったの。それだけは揺るがなかったわ」
イルマが死んでからというもの、余計に訪問する回数が増えたらしい。
「きっとお祖母様を励まそう、という気持ちが強かったのでしょう。ララさんがやってきてからは、目的は別にあるように思えてならなかったけれど」
婚約者であるイルマには優しい顔など見せなかった彼が、なぜ私に対して親切に接してくれるのか。
考えた結果、ひとつの可能性が浮かんできた。
「もしかしたら、わたくしに何か利用価値があると思ったのかもしれません」
「たとえば?」
「そうですね……。誰かに言い寄られて、好きな人がいるけれど、人妻なんだ、という言い訳に使うとか」
「あ、ありうるわ!」
高貴な身分の女性に言い寄られるマントイフェル卿の様子は、ありありと想像できた。
「彼みたいな人は、年若いお嬢さんよりも、包容力のある年上の女性がいいのかもしれないですね」
「ええ、そうね。ララさんみたいに、少し年上がいいと思うの」
どうやらレイシェルには、私がマントイフェル卿より年上に見えているらしい。
マントイフェル卿はたしか二十六歳。一方、私の実年齢は二十歳だが、二十五歳と年齢を偽装している。
本来ならば六つも年の差があるのに、私が年上に見えていたなんて……。
震える声でレイシェルに指摘した。
「あの、わたくし、マントイフェル卿よりも年下ですの」
「まあ、ごめんなさい!! ララさんはおいくつだったかしら?」
レイシェルは私が年齢を誤魔化しているのを知っているので、ぐっと接近して耳元で囁く。
「二十歳です」
「そうだったわ! ララさんは落ち着いているし、大人びているからつい……」
逆に、マントイフェル卿は実年齢よりも若く見えていたようだ。
「私ったら、何を言っているのかしら! 本当にごめんなさい!」
「いいえ、お気になさらず」
髪を下ろして、少しだけ華やかな化粧を施したら、年相応に見えていたかもしれない。
髪を結い上げていると、余計に老けて見えるのだろう。
何はともあれ、マントイフェル卿の事情を聞き、彼の人となりを少しだけ理解できたような気がした。
「それにしても、マントイフェル卿は想定以上に高貴なお方だったのですね」
「ええ、そう。王家の家系図は詳しくないけれど、たしかエンゲルベルト殿下とは又従兄弟の関係だったかしら?」
エンゲルベルト殿下はマントイフェル卿と同じ二十六歳で、少しだけピリつくような関係にあるようだ。
「マントイフェル卿はエンゲルベルト殿下を慕ってニコニコ話しかけている場が目撃されているようだけれど、エンゲルベルト殿下はマントイフェル卿が苦手みたいで」
同じ年の親戚同士、意識してしまう部分があったのかもしれない。
「国王陛下はマントイフェル卿をエンゲルベルト殿下の護衛騎士として任命するつもりだったようだけれど、エンゲルベルト殿下側がお断りしたみたい」
そのあと、ゴッドローブ殿下がマントイフェル卿を騎士として迎え、今に至ると言う。
「エンゲルベルト殿下とマントイフェル卿の並びは社交界でも大人気で、もしも断られなかったら、夜会で失神する人達が続出していたはずだわ」
「エンゲルベルト殿下は人々を救ったのですね」
「ええ、そうなの」
なんとなくだが、エンゲルベルト殿下とは気が合いそうだな、と思ってしまった。




