表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】泥船貴族のご令嬢、幼い弟を息子と偽装し、隣国でしぶとく生き残る!  作者: 江本マシメサ
第三章 ビネンメーアの王妃と公妾

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/92

知らない天井

 時間が巻き戻る前の世界で、私は他人からの悪意を浴び続け、利用されてきた。


 ――お前はただ、言うことを聞くだけでいいんだ!


 ――弟が大事だろう? だったら、さっさとやるんだ!


 ――悪いのはすべてグラシエラなんだ! 私は関与していない!


 こうなってしまった原因のすべては、私がただ感情に流されていただけではなく、途方に暮れるほど弱かったから。 


 他人の悪意を跳ね返せるほど強くなりたい!

 そう願っていたのに、私は――。


「――はっ!!」


 まぶたを開くと、見慣れぬ天井に気付く。

 周囲はカーテンで目隠しされていて、薬品の匂いが漂っていた。

 おそらくここは医務室なのだろう。

 私はいつの間にか、誰かに運ばれて眠っていたようだ。

 少し身じろいだだけで、頭がズキンと痛んだ。


「大丈夫?」


 優しげな声に返事をしようとした瞬間、ハッと我に返った。

 起き上がろうとしたのに、手で制されてしまう。


「しばらく安静にしているようにって、お医者さんが言っていたよ」


 普段のおちゃらけた物言いとは異なる、静かで落ち着いた声で話しかけてきた。

 その声の主はマントイフェル卿だ。


「あの、わたくしはいったい、どうしてここに?」

「突然倒れたから、運んできたんだよ。ね、ガッちゃん?」

『ニャー!』


 ガッちゃんは私の傍にやってきて、フワフワの体で頬ずりしてくる。


「お医者さんに状況を説明したら、精神的なショックで倒れたんだろうねって、言っていたよ」

「精神的な、ショック……」


 それは間違いなく、王妃の首飾りを目にしたことが原因だろう。

 思い出しただけでも、ぶるりと震えてしまった。


「マイン公爵の娘さんと話す前にも、何かあったの?」


 ズバリと指摘され、ギョッとしてしまう。

 こういう反応をしてしまったら、何かありましたと言っているようなものだ。


「やっぱり、何かあったんだ」

「いえ、その、王妃殿下とカリーナ様の関係を巡る双方の対立に、驚いただけです」


 自分でも驚くほど、嘘がするする出てきた。


「今日のところは、そういうことにしておくよ」


 そして、嘘であることもバレていた。

 少し気まずくなったので、早口で質問を投げかけてしまう。


「あの、ゴッドローブ殿下の護衛はよろしいのですか?」

「うん。もう仕事は終わったんだ」


 ゴッドローブ殿下と公妾は早々に会場をあとにし、私室でお酒を酌み交わしていたらしい。

 マントイフェル卿は護衛任務を部下に任せ、王妃の誕生パーティーに少し顔を出そうと思っていたところだったと言う。


「そこで、君と会ったんだ」

「そういうわけだったのですね」


 マントイフェル卿は頷きながら、落ちかけていたブランケットを被せてくれる。

 いつもは矢継ぎ早に話しかけてくるのに、今日は物憂げな表情で唇を結んでいた。

 いったいどうしたのか。私の視線に気付いた彼が、思いがけないことを言ってくる。


「君はこの国の社交界に、あまり関わらないほうがいい」

「それは、どうしてですか?」

「華やかに見えて、裏側はドロドロとして汚いんだ」


 それに関しては、ビネンメーアだけではないだろう。

 ヴルカーノの社交界だって、清く正しいものではない。


「ララはこれから、美しいものだけを見て、おいしい物をお腹いっぱい食べて、ぐっすり眠って、すてきな服を着て過ごすんだ」

「マントイフェル卿……」

「そして、ゆるやかに老いて死んでほしい」


 途中までよかったのに、最後の言葉で真顔になってしまう。

 それは私を笑わせようとして言ったのではなく、本心から口にした言葉だったようだ。

 戸惑う私を、マントイフェル卿はきょとんとした顔で見つめる。


「あの、マントイフェル卿、どうして死ぬ瞬間まで言ったのですか?」

「え、眠るように自然に死ぬのって、とっても幸せなことじゃない?」

「そう、でしょうか?」

「そうだよ。痛くもないし、辛くもないし、苦しくもない。理想はかわいい孫が起こしにきて、〝お祖父さん、いつまで眠っているんですか? お寝坊さんですね。……お祖父さん? お祖父さん!?〟みたいな最期がいいかな」

「かわいい孫に死亡確認をやらせないでください」


 ぐったりと脱力してしまう。

 けれども彼との会話のおかげで、張り詰めていた心が落ち着いたような気がした。

 いつの間にか気力も回復したので、ぐっと起き上がる。


「マントイフェル卿、ありがとうございました」

「なんのお礼?」

「いろいろと助けてくださったことへの感謝ですわ」

「そっかー。ララに恩を売ってしまったかー。お礼はデート五回分とかでいいよ」

「申し訳ありません。ヴルカーノに夫を残してきている身ですので、デートはお断りします」

「あーーーーー、そうだった!!」


 会ったことすらない夫の存在が、私を助けてくれた。

 やはり、フロレンシの母親としてビネンメーアにやってきたのは大正解だったようだ。


「チュロスでしたらいつでも作りますので、お暇なときはいらしてください」

「ああ、いいね。君の作るチュロスはとてもおいしいから、楽しみにしているよ。紅茶も淹れてほしいな。君の紅茶は特別だから」

「何杯でもお淹れします」

「ありがとう」


 マントイフェル卿は美しい微笑みを浮かべる。

 いつもの胡散臭うさんくささが滲む笑みではなく、心から喜んでいるように見えた。


 なんとか双方が納得する場所に着地できた。

 そろそろ帰らないと、侯爵夫人やフロレンシが心配するだろう。


 立ち上がろうとした瞬間、目の前に手が差しだされる。


「ララ、侯爵邸まで送っていくよ」


 いつもだったら断っていたが、今日はどうしてか彼に甘えてもいいのではと思ってしまう。

 差しだされた手にそっと指先を重ねると、マントイフェル卿は優しく握り返す。

 少しドキッとしてしまったが、気のせいだと言い聞かせておいた。


 王城付近では馬車が大渋滞していたが、マントイフェル卿は関係者だけが通れる道を使って帰ってくれた。

 おかげで、早くもなく、遅くもない時間帯に帰宅できたのだった。


 ◇◇◇


 翌日、レイシェルが私を訪ねてやってきた。


「ララさん、ごめんなさい! 会場で落ち合う予定だったのに、ぜんぜん見つけられなかったの」

「仕方がありませんわ」


 王妃派と公妾派の小競り合いがあったし、あの人混みの中で知り合いを探すのは困難だろう。


「実は、お祖母様にララさんを連れて帰るように言われていたの。帰り道、たいへんな渋滞だったでしょう? どうやって帰ったの?」

「それは――マントイフェル卿に偶然会いまして、送っていただきました」

「まあ、そうだったの。意外と親切なのね、彼」


 マントイフェル卿の行動は意外でもなんでもなかったが、レイシェルは引っかかったらしい。


「あの人、親切そうに見えて、そうでないって話を聞いていたものだから」


 たしかに、一筋縄ではいかない様子はちらつかせていた。


「どうしてララさんに親切なのかしら?」

「気の毒な異国人だと思っているのかもしれません。あとは、侯爵夫人の傍付きですので、下手な扱いはできないのでしょう?」

「うーん、そうとは思えなくて」


 マントイフェル卿の行動に、レイシェルはいったい何を感じたのか。

 私は気まぐれな好意としか思っていなかった。

 疑問に思う中で、思いがけない情報がもたらされる。


「実は、マントイフェル卿はイルマの婚約者だったの」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ