いがみ合い
王妃の誕生日に、よりにもよって公妾と仲睦まじく登場するなんて信じられない。
「なっ、あれはなんなの!?」
悲鳴のようなリーザの叫びがビリビリと鼓膜を刺激する。彼女をよくよく見たら、ドレスの腰リボンに白い羽根が刺してあった。
どうやらリーザは王妃派だったようだ。
混乱に乗じて彼女の手を首飾りから引き抜き、人がいないほうへ後退する。
「はあ、はあ、はあ!」
国王と公妾に注目する人々を掻き分け、なんとか壁際まで辿り着いた。
『ニャア?』
ガッちゃんが大丈夫か、と言わんばかりの声をかけてくれた。
なんとか大丈夫だったが、ニーナとはぐれてしまったようだ。
だが、あの場にいたら興奮したリーザに首飾りを引きちぎられていたかもしれない。
せっかく侯爵夫人が私のために用意してくれた首飾りを、台無しにするわけにはいかなかった。
いつの間にか人々は、二手に分かれているように見えた。
白い羽根を身に着ける人がいるほうは王妃派で、錫細工を身に着けている人がいるほうは公妾派なのだろう。
貴族の集まりだというのに、どこか不穏で剣呑な空気が流れていた。
王妃がやってくる前にこの場を収めないと、とんでもない事態になるだろう。
ハラハラしつつ見守っていたら、再び声があがった。
「王弟ゴッドローブ殿下のおなり!」
近くの扉が開いたので、ギョッとしてしまう。
そこから登場したのは、五十代くらいのすらりとした長身の男性。マントをなびかせながらやってくる。
白髪の交ざった金髪に、切れ長の瞳、渋い髭を生やした男性が華やかな空気を振りまきながら登場した。
目元は国王に似ている。髭を剃ったら、双子と見紛うくらいそっくりになるだろう。
顔立ちの特徴や年齢から察するに、彼がゴッドローブ殿下に違いない。
引き連れている騎士の先頭に、マントイフェル卿を発見した。
これまで私に見せたことのない、真剣な顔で警護に当たっているようだ。
普段からああして真面目な様子だったら、もっと素直に接するのに。
彼が私の前に現れるときはいつだって、近衛騎士という身分をどこかに忘れてきているように思えるのだ。
当然ながら、任務に当たっているマントイフェル卿は壁に張り付いている私の存在になんて気付いていなかった。
ゴッドローブ殿下はすぐさま会場の異変に気付いたらしい。
一瞬だけ目を眇め、状況を把握しているように見えた。
「おやおや皆さん、主役である王妃殿下の登場前に盛り上がっているようですが、どうかしたのですか?」
近くに侍っていた侍従が、ゴッドローブ殿下に耳打ちする。
「なるほど。それはよくありませんね」
ゴッドローブ殿下は優雅な足取りで、王妃派と公妾派が対立する人の中に割って入り、国王と公妾のもとへ一直線に向かって行った。
国王に行動を諫めるような言葉を言うのかと思いきや、ゴッドローブ殿下が話しかけたのは公妾のほうだった。
何やら楽しげに会話し、最終的に彼女の肩を抱いて一緒に去って行く。
国王に対して角が立たないよう、ゴッドローブ殿下が公妾のパートナーに立候補したのかもしれない。
これで王妃がやってきても、国王と公妾が一緒にいる場を目撃せずに済んだ。
ゴッドローブ殿下の近衛騎士達は、王妃派と公妾派を解散させ、もとの平和な会場へと導いているようだった。
中立派の仕事っぷりに、内心舌を巻いてしまう。
その後、王妃が登場し、国王の隣に並んだ。
先ほどまで隣に公妾がいたのに、国王は王妃の腰を当たり前のように抱く。まるで夫婦円満だと言わんばかりの密着具合であった。
もしも公妾がいたら、どういう態度を見せていたのか。
他国の国王ながら、呆れたの一言である。
本日の主役である王妃は国王とのダンスを披露した。
ふたり目は王太子であり、王妃唯一の子であるエンゲルベルト殿下と踊る。
エンゲルベルト殿下の顔立ちは国王似で、金色の髪に青い瞳を持つ、絵本の中に登場しそうな王子様だった。
ニコリともしないのでクールな印象がある。
マントイフェル卿が太陽のような美形ならば、エンゲルベルト殿下は月のような美形だ。
人々の歓声で盛り上がる中、いつの間にかゴッドローブ殿下と公妾の姿がないことに気付いた。
早めに撤退するよう説き伏せたのか。
「ああ、よかった!」
顔を上げると、ニーナが慌てた様子で駆けてくる。
「ララさん、大丈夫でしたか?」
「おかげさまで」
王妃派と公妾派の人混みに巻き込まれて、苦しんでいるのではないか、と心配していたらしい。
「一瞬目を離したら、その場にいらっしゃらなかったので」
「ごめんなさい。なんだか怖くなって、壁際に避難していましたの」
「安全な場所にいたのですね。よかった」
ニーナは先ほどの、リーザとの邂逅についても謝罪した。
「彼女のことを止められずに、申し訳ありませんでした」
「いえ、どうかお気になさらずに」
相手は公爵令嬢である。下手に刺激したら、ニーナの夫の立場も悪くなるかもしれない。
私も公爵家の生まれなのでわかるが、爵位を持たない娘の私でも、周囲の者達はおおいに気を遣っていたのだ。
「ニーナさん、そろそろ王妃殿下にご挨拶をしたいのですが、叶うでしょうか?」
「ええ、もちろんです!」
王妃と言葉を交わしたら、本日の任務は終了だ。
ニーナの誘導で、王妃のもとへと向かったのだった。




