相談しよう
侯爵夫人とフロレンシは、アニーとロイドを引き連れて博物館へと出かけて行った。
人手が足りないだろうから、と臨時のメイドを数名、雇い入れてくれたようだ。
おかげさまで、少しだけ余裕ができた。
ビネンメーアでの夜会に参加するのは初めてだ。
礼儀作法など、ヴルカーノと異なる部分もあるだろう。
不安を覚えたので、レイシェルに相談の手紙を送った。
すると、彼女はすぐに訪問してくれた。
コンサバトリーはアーモンドの花が盛りとなっている。
侯爵夫人より自由に使ってもいいという許可をもらっていたため、レイシェルとお茶を囲むこととなった。
レイシェルはガッちゃんに、スミレの香りが付けられた角砂糖をお土産に持ってきてくれる。
ガッちゃんは角砂糖を高く掲げ、レイシェルに感謝の気持ちを伝えていた。
『ニャー!』
かわいいガッちゃんの様子に、レイシェルとふたりで癒やされてしまったのは言うまでもない。
「それにしても驚いたわ。お祖母様があなたを王妃殿下の誕生パーティーの代理参加を頼むなんて」
「ええ。わたくしも突然のことで驚いてしまって」
「お祖母様はララさんのこと、よほど気に入ったのね」
レイシェルは胸に手を当てて、よかったと呟き、安堵した様子を見せていた。
「やっぱり、お祖母様とララさんの相性はよかったのね。名代も、安心して任せられるわ」
「それに関しまして、少々不安に思っているところがございまして……」
もっとも気がかりなのはドレスだ。ヴルカーノから夜会に着ていけるものを数着持ってきているが、侯爵夫人の名代として着るにはいささか地味だろう。
それに、ビネンメーアでの流行もある。ヴルカーノのドレスを着ていって、悪目立ちするわけにはいかない。
「ドレスについては、知り合いのデザイナーに数着送ってもらうように手配しておくわ。当日には侍女も手配するし、何も心配いらないから」
「そんなに甘えてもよいのですか?」
「もちろんよ。お祖母様が元気になったのはララさんのおかげだし、もっともっとお礼をしても足りないくらいなんだから」
ここまで面倒を見てもらうのは申し訳ないとしか言いようがないが、下手な恰好で王妃殿下の誕生パーティーに参加するわけにはいかない。
今回はお言葉に甘えさせてもらおう。
「当日は誰かと参加するように言われているの?」
「いいえ」
「だったら、一緒に行きましょう」
「しかし、婚約者がいるのではないのですか?」
「そうだけれど、社交界という名の巣窟に、ララさんをひとりで放り込むわけにはいかないわ」
通常、夜会はパートナー同伴で参加しなければならない。
知り合い同士で参加することも許されているものの、基本的には男女で行くほうがいい。
「だったらライルお兄様を紹介しましょうか?」
「ライルさん、というのは従兄で次期当主の――?」
それからイルマの兄である青年だと、以前話を聞いていた。
「三十歳と聞いた覚えがあるのですが、婚約者がいるのではないのですか?」
「最近破談になったの。ライルお兄様は自分にも他人にも厳しいタイプで、きちんとした振る舞いを相手にも強要してしまうみたいで」
「そ、それはそれは……」
ビネンメーアで生まれ育ったご令嬢が音を上げるくらいのお方ならば、私なんて相手にならないだろう。
それについてレイシェルも気付いたのだろう。気まずげな様子で謝罪してきた。
「ごめんなさい。とてもじゃないけれど、パートナーとして紹介できる相手ではなかったわ」
現在の侯爵がいい加減で無責任な一方、ライルは厳格過ぎると言われているらしい。
「ライルお兄様にお祖父様のエッセンスをほんの少しだけ加えたら、バランスがいい侯爵になると思うの」
「なかなか難しい問題ですよね」
完璧な人物なんてこの世に存在しない。
欠陥があるからこそ、人と人は支え合って生きるのだろう。
「あとは――あ、マントイフェル卿は? 彼もたしか、独身だったはず」
「あのお方は……その……」
少し性分が合わなくて、と正直に打ち明けた。
「やっぱり? 私もなんだか近寄りがたいというか、造り物みたいで苦手なの」
「造り物、ですか?」
「ええ。なんだか明るさで何もかも誤魔化しているような気がして、本心が見えないのよ」
言われてみれば、その場の雰囲気に合わせて明るく生きているような印象がある。
「腹黒い、とは少し違う印象ですが、瞳の奥に闇を抱えていそうな印象があります」
「わかるわ!!」
その場限りの付き合いであれば、マントイフェル卿でも構わない。
けれどもこれから長く付き合っていかなければならない相手に、大きな借りを作るわけにはいかなかった。
「息子が大きければ、一緒に参加できたのですが」
「六歳は無理よねえ」
なんて話をしているところに、声がかかった。
「何が無理なの?」
振り返った先にいたのは、先ほどまで噂をしていたマントイフェル卿であった。




