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【完結】泥船貴族のご令嬢、幼い弟を息子と偽装し、隣国でしぶとく生き残る!  作者: 江本マシメサ
第三章 ビネンメーアの王妃と公妾

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騎士と子ども

 マントイフェル卿は侯爵夫人とふたりでお茶を楽しむだろう。そう思ってフロレンシを連れて書斎から出て行こうとしたら、同時に引き留められてしまう。


「お待ちなさい」

「ちょっと待って」


 四人でお茶を飲もうと誘われる。居候の身である私達に拒否権などないので、同席させてもらった。


 朝、私が焼いたアーモンドクッキーを囲み、紅茶と共にいただく。

 

「マントイフェル卿、あの、このクッキー、お母さんが焼いたんです。世界一おいしいクッキーですよ!」


 フロレンシの口を塞ごうとしたが、遅かった。

 彼は自分に関する自慢はしないのに、私に関することはなんでも言うのだ。

 マントイフェル卿にまで伝えなくてもいいのに。

 恐る恐る反応を横目で見たら、彼は優しい微笑みをフロレンシに向けていた。


「へえ、そうなんだ。君のお母さんは、料理上手なんだね」

「はい!」


 フロレンシの前で口説いてきたらどうしようかとハラハラしていたが、マントイフェル卿はよき大人としての態度を崩そうとしなかった。

 その辺は良識があるのだな、と内心思ってしまう。


「レン、僕のことはマントイフェル卿ではなく、リオンおじさんで構わないよ」


 そんな提案をすると、フロレンシは眉尻を下げる。


「マントイフェル卿はおじさんではなく、お兄さんです」

「え、本当? 嬉しいなー」

「どうしておじさんだと言ったのですか?」

「職場の若い騎士が、僕のことをおじさんって呼ぶんだよ。酷いでしょう?」

「はい、酷いです」


 フロレンシは頬を膨らませ、かわいらしく怒った。その様子に、マントイフェル卿だけでなく、侯爵夫人も顔をほころばせる。


「これからは、リオンお兄さんと呼びますね!」

「レン、ありがとう。君はいい子だ」


 和やかな雰囲気のまま、お茶会はお開きとなった。

 今日はレンも一緒に、マントイフェル卿を見送った。


「リオンお兄さん、また遊びにきてくださいね!」

「うん、近いうちにくるから」


 そんなことを言わずともマントイフェル卿はやってくるのに、なんて約束を取り付けてくれたのか。内心ため息を吐く。


 そんな私の心情が顔に出ていたようだ。マントイフェル卿から指摘される。


「あれー、レンのお母さんはあんまり嬉しそうじゃないな」


 ギクッとしつつ、そんなことはないと取り繕う。


「いえいえ、とても楽しみですわ」

「だったら明日の出勤前も来ようかな」


 え!? と叫ばなかった私を褒めてほしい。


「マントイフェル卿はお忙しい身ですので、そんなに頻繁にいらっしゃったら、ご自身の時間がなくなりますよ」

「僕の個人的な時間なんて、あってないようなものだから」


 それは騎士として、護衛対象であるゴッドローブ殿下のもとに侍っているから、という意味合いなのか。よくわからないが、近衛騎士の私生活は思っていた以上に自由などないようだ。


「ララ、レン、じゃあね」

「はい」


 お気を付けて、と声をかけ、会釈して見送ったのだった。


 翌日――宣言通り、マントイフェル卿は朝から出勤した。

 フロレンシは大喜びである。

 私が作ったチュロスをおいしい、おいしいと連呼し、風のように去って行く。

 フロレンシの見送りを断り、走って職場まで向かったらしい。

 時間がないのにやってくる意味などあったのだろうか。

 相変わらず、よくわからない人だと思ってしまった。


 ◇◇◇


 侯爵家には毎日、大量の手紙と贈り物が届く。それの仕分けをするのも私の仕事のひとつだ。

 これまで手紙は、差出人を確認せずに暖炉の火の中へと投げ捨てていたらしい。

 大切な人からの手紙だったらどうするのか、と聞いたら、侯爵夫人は寂しげな様子で「大切な人なんていなかったの」と返した。

 いったいなんて言葉をかけていいものか迷っていたら、侯爵夫人はこのままではいけないと言って手紙を開封し始めた。

 その日から、手紙を読まずに破棄することを止めたようだ。

 以前よりも前向きになった侯爵夫人だったが、本日届いた手紙を前にため息を吐く。


「侯爵夫人、どうかなさったのですか?」

「今度王妃殿下の誕生パーティーがあるんだけれど、もう何年も夜会になんて参加していないから、億劫おっくうだと思って」


 これまで招待状も開封せずに捨てていたらしい。

 そのときは平気だったが、こうして招待されていると知ってしまったら、見て見ぬ振りはできないようだ。


「いまさら私が参加したら、他の人達は気まずいと思うの」

「そんなことはないと思いますが」

「絶対そうよ」


 しばし額に手を当てて考え事をしているようだったが、突然弾かれたように私を見る。


「そうだわ! ララ、あなたが私の代わりに参加してくれるかしら?」

「わたくしが、ですか?」

「ええ。きっといい気分転換にもなると思うの」


 ヴルカーノ出身の私が、ビネンメーアの夜会になんて参加していいものなのか。

 王妃殿下の誕生パーティーということで、ヴルカーノの貴族が参加している可能性だってある。知り合いにうっかり出会ってしまったら大変だ。


「ねえ、ララ、お願い」


 侯爵夫人は私の手をぎゅっと握り、懇願こんがんしてくる。

 こういうふうにお願いされてしまったら、断ることなんてできない。


「わ、わかりました」


 侯爵夫人の名代みょうだいとして、王妃殿下の誕生パーティーに参加することとなった。 

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