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【完結】泥船貴族のご令嬢、幼い弟を息子と偽装し、隣国でしぶとく生き残る!  作者: 江本マシメサ
第三章 ビネンメーアの王妃と公妾

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騎士の訪問

本日より0時、12時の2回更新になります。

 ヒッ! と出かかった悲鳴を喉から出る寸前でごくんと呑み込む。

 回れ右をして逃げようにも、リネンを大量に抱えているので素早く動けないだろう。


「リネン、重そうだね。持ってあげるよ」


 こちらの返事なんて聞く前に、マントイフェル卿は私からリネンを取り上げる。

 

「いえ、大丈夫です。わたくし、これくらい運べますわ」

「メイドは?」


 今日は使用人の休日である。屋敷内には誰もいない。


「君は侯爵夫人の傍付きなんでしょう? 傍付きというのは主人の手足となって働く人のことなんだ。侯爵夫人がリネンを運んだりするのかい?」


 彼の言うとおりこれはメイドの仕事で、ぐうの音も出ないほどの正論である。

 リネンを取り返すことは叶わず、彼に続いて歩くしかなかった。


「リネン室はどっちだっけ?」

「こちらです」


 先を歩こうとしても、マントイフェル卿はなぜか私の隣に並んでくる。

 気まずい感情と共に、リネン室へと案内した。


「これでよし、と!」


 太陽の光がさんさんと差し込むリネン室で、マントイフェル卿は背伸びをした。


「うーん。リネン室っていい匂い! 好きだなー」

「わたくしもです」


 太陽の日差しをたっぷり吸い込んだ、洗い立ての清潔なリネンはいい匂いがする。

 時間が巻き戻る前、叔父一家にこき使われていた私だったが、リネンの手入れだけは大好きだったのだ。


「いいよねえ。人生の最期はリネンに埋もれて死にたいよ」

「怖いことを言わないでくださいませ」

「あー、ごめんごめん」


 ほのぼのとした空気が流れていたものの、マントイフェル卿の発言で我に返った。

 背筋をきちんと伸ばし、回れ右をする。


「侯爵夫人のもとへ案内します」

「うん、お願い」


 今日は侯爵の書斎にフロレンシを招き、勉強に付き合ってくれているのだ。

 侯爵夫人は教養豊かな人物で、フロレンシがわからない計算式を教えることもできるらしい。


「へー、侯爵夫人が君の息子に、書斎で勉強を教えてる?」

「ええ」

「たった十日ほどで、大きく変わったものだ」


 侯爵夫人はフロレンシのことを最初はかわいがるだけだったが、最近は厳しさを見せるようになった。

 勉強だけでなく礼儀作法も指導してくれるようで、フロレンシは日々成長している。

 フロレンシには私以外の見本となる大人が必要なので、その点はおおいに感謝していた。


「近いうちに侯爵夫人と共に博物館に行く約束をしているようで、勉強をいつも以上に頑張っているようです」 

「そうか……驚いたな。あの侯爵夫人が外出できるほど、元気と気力を取り戻したなんて」


 愛する孫娘イルマを亡くしてから三年、侯爵夫人の時間は止まっていたらしい。

 何をするのも無気力で、誰も近付けさせず、どこにも行かず、死んでいるように静かに生きて毎日を過ごしていたようだ。


「侯爵夫人のことを、コンサバトリーにある老木のようだって思っていたんだ。僕が水を与えないと枯れてしまいそうで、心配だったんだよね」


 彼はただの軽薄で賑やかな男性ではない。侯爵夫人をおもんぱかって、お茶飲み友達と称して侯爵邸に通っていたのだろう。


「侯爵夫人がここまで元気になったのは、ララ、君のおかげだ」

「いえ、わたくしではなく、レン……息子の存在が侯爵夫人に元気を与えたのでしょう」

「そんなことないよ。侯爵夫人のもとで働くと言って聞かなかったララの手柄だ。あのとき僕の手を取らなかった君の頑なさの勝利だよ」


 そういうふうに言われると、私がどうしようもない頑固者のように思えてならないのだが。まあ、褒め言葉として受け取っておく。


 そんな話をしているうちに、執務室へと行き着く。

 扉を叩くと、すぐにフロレンシの「はーい」という元気な声が返ってきた。


「お母さん――あ!!」


 マントイフェル卿がいるとは思っていなかったのだろう。フロレンシは目を丸くし、彼を見上げていた。


 するとマントイフェル卿はすぐにしゃがみ込んで片膝をつく。

 フロレンシと同じ視線で、「はじめまして。僕はリオン・マントイフェルだよ」と自己紹介していた。


「君がララの息子かな?」

「は、はい。レン・ドーサです」


 フロレンシがびっくりしたのは一瞬で、すぐに挨拶を返す。

 そんな彼をマントイフェル卿は立ち上がるのと同時に、一気に抱き上げた。


「よっと――うん、いい子だ」


 マントイフェル卿は幼い子どもにするように、フロレンシを抱き上げてにっこり微笑んだ。

 そんなことをしたら怖がるのではないか。なんて思ったものの、フロレンシはキャッキャと嬉しそうに笑っていた。

 こういうのをされたことがないので、驚きつつも楽しんでいるようだ。

 さすがの私も、六歳になったフロレンシを高く持ち上げることはできない。これに関しては負けを認めるしかなかった。


「ちょっとリオン、レンを小さな子どもみたいに持ち上げないでちょうだい」

「小さな子どもだよ」

「紳士教育の最中なの」


 侯爵夫人からバチバチと火花が散る視線を受けたマントイフェル卿は、フロレンシをそっと下ろす。

 再びしゃがみ込むと、フロレンシの耳元で「またあとでやってあげるね」と囁いていた。

 フロレンシが嬉しそうに頷くのを見て、マントイフェル卿もまた、弟にとって必要な大人なのだな、と思ってしまった。

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