料理を作ろう
台所にある食材を確認しつつ、何を作ろうかフロレンシと話し合う。
「お母さん、きれいなキノコがたくさんあります!」
「あら、本当。この辺りはよく採れるのでしょうか?」
カゴにどっさりある新鮮なキノコは、肉厚で張りがあるものばかりだ。
ヴルカーノの王都周辺は都市開発が進んでいて、森の木々は伐採されている。近郊はキノコが育つ環境にないため、地方から取り寄せたものが売られているのだ。
さらに販売されるキノコの大半は乾燥させたものばかりで、生のキノコがあってもしわしわしていておいしくない。
「お母さん、今日はキノコの料理を作ってみませんか?」
「ええ、そうしましょう」
保冷庫にミルクがあったので、ジャガイモとキノコのクリーム煮を作ろう。
フロレンシにはジャガイモを洗っておくように指示する。
「えっと、ジャガイモを洗う水はどこにあるのでしょうか?」
そこから教えないといけないのか、と気付く。
これまでフロレンシは、「喉が渇いた」と言ったらメイドが水を用意してくれる環境にいた。水がどこにあるのかさえ、知らないのである。
「ヴルカーノでは、井戸から水を運んできますの」
「井戸、ですか?」
「ええ。屋敷の敷地内に、地下水を掘って水をくみ上げる装置を作って、使うのですよ」
王都の井戸水はそのまま飲んだらお腹を壊してしまう。そのため、一度沸騰させて冷ましたものを飲まないといけない。
「井戸のお水、飲んだらいけないのですか?」
「井戸水だけではなく、川や湖なども飲めないのですよ」
川や湖の水はきれいに見えても、動物の糞尿で汚染されていて、感染症にかかる可能性があるのだ。
「そういった水は、水をぐつぐつ煮て、しっかり煮沸消毒をさせたら飲めるようになるのです」
「そ、そうだったのですか!」
水がどこからやってくるのか、どうやって飲めるようになるのか初めて知ったフロレンシは、口元に手を当てて驚いているようだった。
「僕が夜中に喉が渇いた、と言ったら、メイドさんはわざわざ井戸から水を汲んで、お湯にしたものを冷ましてから、運んでいたのですね!」
「えっと、まあ、夜中に運ばれる水は昼間に作った湯冷ましでしょうから、井戸に汲みに行くところからしているわけではないと思いますが」
水一杯でも、勝手にきれいな水が湧き出ているわけではなく、人の手を通して飲めるようになっているのだ。
これがヴルカーノでの水事情だ。
「お母さん、僕にも湯冷ましを作れるでしょうか?」
「もちろん。今度やってみましょう」
料理より先に、教えなければいけないものがあったようだ。
ただ、ビネンメーアでは井戸が廃れていると聞いた。
というのも、ビネンメーアは水を魔法で処理し、水道管を都市中に巡らせ、蛇口を捻っただけでいつでも飲める水がもたらされるのだ。
「レン、ビネンメーアではこうやって、台所の蛇口を捻るだけできれいな水が飲めるようです」
「す、すごい! どうやっているのですか?」
「浄化魔法がかかっているそうですよ」
魔法が衰退した世界で、これだけ多くの魔法が残っているビネンメーアはすばらしいの一言だ。
なんでも五百年ほど前に突如として現れた大賢者が、国内の生活を整えてくれたらしい。
ビネンメーアの各地には人工の核があり、巨大な魔法石と呼ばれている月から供給される魔力を貯めているようだ。
核の魔力を使って、きれいな水が飲めるようになっているというわけである。
「わー、すばらしい技術ですね!」
「ええ。でも、ビネンメーアにある人工的な核を、精霊や妖精が好まなかったようで」
妖精や精霊は天然の核があるヴルカーノに逃げ込んだのではないか、と言われている。
もしも私がビネンメーアで生まれ育っていたら、ガッちゃんには出会えていなかっただろう。
前置きが長くなってしまった。そろそろ調理に取りかかろう。
「というわけでレン、水道の水でジャガイモを洗ってくださいね」
「わかりました!」
フロレンシは小さな手で大きなジャガイモとタワシを握り、一生懸命な様子で洗っていた。その間に、私は別の作業を行う。
まずは種類豊富なキノコをカットし、ニンニク、アンチョビと一緒に炒めた。フロレンシが洗ったジャガイモは皮を剥いて輪切りにし、串が通るまで茹でる。
茹で上がったジャガイモを鍋に入れ、ミルクを注ぐ。小麦粉を入れてとろみをつけつつしばし煮込み、塩、コショウで味を調えたらジャガイモとキノコのクリーム煮の完成だ。
フロレンシは初めて自分で作った料理を前に、わくわくした様子を見せていた。
「お母さん、僕もいつか、ひとりで料理ができるようになりたいです!」
「ええ、頑張りましょうね」
フロレンシは新しい目標ができて嬉しいのだろう。希望に満ちた表情で話しかけてくる。
公爵になるための勉強も大事だが、自分がやりたいことを見つけるのも大事だ。
これからは、フロレンシが望むものは可能な限り叶えてあげよう。
「さあ、いただきましょうか」
「はい」
食材への感謝の祈りを捧げ、初めてフロレンシと作った料理をいただく。
まずは彼が食べる様子から見守った。
大きく切りすぎてしまったジャガイモを、フロレンシは口いっぱいに頬張る。
するとその瞬間、瞳がキラキラ輝いた。
もぐもぐ食べ、ごくんと飲み込んだあと、喜びに満ちた様子で話しかけてくる。
「お母さん、このお料理、とってもおいしいです!! 食べてみてください!!」
あまりの勢いに驚いてしまう。初めて作った料理なので、よりいっそうおいしく感じてしまったのだろう。
勧められるがまま、ジャガイモを食べる。
ほくほくしていて、なめらかなクリームソースがよく絡んでいる。アンチョビのしょっぱさがほんのり効いているのもいい。
「本当に、おいしいですね」
「ええ、そうなんです!」
フロレンシと共に楽しく食卓を囲む。
これ以上の幸せはないのではないか、と思ってしまう瞬間であった。
フロレンシに教えたのは料理だけではない。
入浴方法や、服の着脱などなど。生活に必要な物事は山のようにあるのだ。
ヴルカーノにいたときから少しずつ練習していたのだが、執事がだいぶ手を貸していたらしい。
ボタンを外したり留めたりすることすら、時間がかかる始末である。
「うう……僕は何も知らないし、できません」
「皆、始めはそうなのですよ」
私だって、最初からなんでもできたわけではない。
何度もやったら、しだいにできるようになるだろう。
「練習あるのみですわ」
「わかりました」
本来ならば、彼がこのような生活力を必要とする環境に置かずに育てたかった。
けれどもフロレンシは身の回りのことを覚えたがったし、この先何があるかわからない。
身に着けておいて、損はないだろう。
そんなことを考えつつ、フロレンシにボタンを留めるコツを教えたのだった。




