表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】泥船貴族のご令嬢、幼い弟を息子と偽装し、隣国でしぶとく生き残る!  作者: 江本マシメサ
第二章 とんでもない出会い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/92

生きる力について

 すでに、私達の荷物はコテージに運び込まれているらしい。

 ヴルカーノからビネンメーアへ手持ちで運んで来た鞄も、いつの間にか玄関に置かれていた。


「では、コテージの鍵を渡しておくわね」


 レイシェルの手から、ずっしり重たい鍵の束が差し出された。


「コテージ以外の、屋敷の鍵も渡しておくわ」

「そ、そんな大切なお品を、わたくしが持っていてもよいのですか?」

「安心して。これは執事や家令が持ち歩く予備スペアだから」


 予備と言っても、用途に違いはない。

 戸惑う私の手に、鍵の束が託されてしまった。


「あとこれも、渡しておくわ」


 それは鳥翰魔法がかかった便箋と封筒である。


「何か困ったことがあったら、これで知らせてちょうだい」

「ありがとうございます」


 レイシェルは少し潤んだ瞳で私を見つめたかと思えば、鍵の束を握った手に触れてきた。


「ララさん、お祖母様のこと、お願いね」

「はい、承知しました」


 レイシェルは後ろ髪を引かれるような様子で、去って行った。

 彼女の姿が見えなくなるまで見送り、踵を返す。


 フロレンシはいてもたってもいられない、という様子でコテージを眺めていた。


「さて、中に入ってみましょうか」

「はい、お母さん!」


 鍵を開いて中へと足を踏み入れる。

 コテージの内部は花柄の壁紙が美しく、胡桃の木ウォールナットで作られた重厚感のある家具が趣味よく並べられていた。

 革張りのソファは座り心地がよく、長時間座っていても疲れそうにない。

 天井から吊り下げられたクリスタル・シャンデリアは豪奢ごうしゃで、部屋を明るく照らしてくれるのだろう。

 寝室には大きな寝台に、遮光性ばつぐんなカーテンが取り付けられている。

 布団はふかふかで、太陽の匂いがした。

 台所には磁器の皿やカップ、銀のカトラリーが揃えられている上に、食材も種類豊富に揃っているようだった。

 浴室には猫脚の浴槽に、種類豊富な石鹸や洗髪材が揃えられていた。タオルもふわふわで、洗いたての清潔な香りがする。

 フロレンシは元気よく部屋を見て周り、感嘆の声をあげていた。


「お母さん、とってもすてきなお家ですね!」

「ええ、わたくし達にはもったいないくらいですわ」


 このようにすばらしい環境を用意してもらったのだから、その期待に応えなければならないだろう。


 ひとまず今日は、ゆっくりさせてもらおう。

 台所にサブレが入った保存瓶ジャーがあったので、お茶受けのお菓子としていただく。

 茶葉もたくさん用意されていて、どれを飲もうか迷うくらいだった。


 フロレンシにはミルクをたっぷり入れてあげよう。

 台所には、魔法仕掛けの保冷庫があった。

 果物を出荷する木箱を二段重ねたくらいの大きさで、魔力が込められた魔石を動力源としているらしい。

 蓋を開くと、ひんやりとした空気が流れ込んでくる。

 ヴルカーノでは氷室といって、氷で冷やす地下収納が主流だったので驚いてしまった。

 ビネンメーアは生活に使う魔法が発展しているようで、暖炉や窯に薪を使わないと言う。

 船に乗っているときに使い方を習ったのだが、魔法陣に触れて呪文を摩るだけで、簡単に使うことができるのだ。

 湯を沸かすのも魔法で一瞬である。

 魔石ポットに水を注ぎ、魔法陣を指先でなぞって魔法を発現させる。


 魔石ポットの中からぐつぐつと沸騰する音が聞こえた。

 本当に便利な魔法である。


 侯爵邸の屋敷の管理が数名でこなせてしまうのは、こういった生活を助ける魔法があるからなのだろう。


 紅茶にミルクと蜂蜜をたっぷり入れた、とっておきのミルクティーをフロレンシのもとへ運ぶ。


 フロレンシは実家から持ってきた本を読んでいたようだ。


「レン、少し休みましょう」

「はい」


 ガッちゃんにも、台所にあった氷砂糖を渡す。すると、喜んでかじり始めた。


 私が淹れた紅茶をフロレンシが嬉しそうに飲む様子を眺めながら、ビネンメーアまでやってきてよかった、と思ってしまう。

 彼を守るためならば、なんだってしなければならない。

 誰かの愛人になってでも、立派に育て上げたい。

 改めて、強い覚悟を胸に抱いた。


「レン、夜は何を食べたいですか?」

「僕は、お母さんと一緒に作った料理を食べてみたいです」

「あなたが料理を? なぜ?」


 次代のメンドーサ公爵であるフロレンシは、料理なんて覚える必要はない。

 そう口にしようとした瞬間、料理をしたいと思った理由について述べた。


「お母さんの力になりたくて。でも、それだけではなくて、僕は生きる力を身に付けたい、と思いました」

「生きる力?」

「はい。目の前に料理される前のじゃがいもがあっても、僕は食べ方がわかりません。もしも、周囲に誰もいない状態が続けば、お腹が空いて倒れてしまうでしょう」


 けれどもフロレンシの傍には私がいる。

 そう言うと、フロレンシは首を横に振った。


「お母さん、人はいつか死んでしまいます。助けてくれる人やお金だって、ずっとあるとは限らないのです」


 フロレンシは父の死を通して、自分が置かれた環境は絶対的なものではなく、脅かされる可能性があると察したらしい。


「ひとりでも生きていける方法を知っていたら、お腹が空いて倒れてしまうこともないでしょう?」

「え、ええ、そう、ですわね」


 フロレンシはにっこり微笑みながら頷く。


「それに、僕自身が、困っている人を、助けられるようにもなれると、気付いたんです」

「レン……!」


 幼いフロレンシが、ここまで考えていたなんて。

 思わず、ぎゅっと抱きしめてしまう。


「あなたの言うとおり、生きる力を習得するのは、とても大事なことです」


 一緒に料理を作ろうと提案すると、フロレンシは元気よく返事をしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ