初めての仕事(生徒会長視点)
「では早速三人には庶務の仕事をしてもらってもいいですか? いやぁ、色々と書類が多くてですねぇ。3人とも相当優秀だと聞いてるし、期待していますよ」
「ええ、構いませんわ。これでも事務は得意でしてよ?」
得意げにそう言って書類を確認し始めるコレハ・ナイアトホテプ侯爵令嬢。
殿下の婚約者で、高圧的な物言いをする人物だと聞いていたが、率先して仕事をしようという積極性があるのは嬉しい話だ。
事前情報では書類仕事が得意という噂も聞いている。実際にどのくらいの得意加減なのかは分からないが……
まずは簡単な書類をまとめさせて、お手並み拝見といこう。
「本当に助かります。ではナイアトホテプ嬢はその陳情書の内容をまとめていただけますか?」
「……」
「書類で何か分からない事があればクルシュさんに――」
「……なんなんですのこれはっ!!」
バチーン! と書類を机に叩きつけるナイアトホテプ嬢。
早速不満が爆発した。……お嬢様には難しかっただろうか?
「おいコレハ。書類をそんな雑に扱うんじゃない。……何かおかしい所があったのか?」
「ぐちゃぐちゃですわ!! 書式はどうなっていますの書式は!!」
「……ショシキ?」
小首をかしげる殿下を見て、ナイアトホテプ嬢は改めてバチン! と書類を上から叩いた。
「……サマ……ヒィロ。あなたはこの書類の不味い点、おわかりよね?」
「え、あ、し、失礼します。……あー。はいはいはい。なるほど、わかります」
「な、何だ? おいコレハ。一体何が問題だと」
「ですから殿下! 書式だと言ってるじゃないですか!! フォーマット!! 白紙の紙にメモ書きしただけじゃないの!! 横線すらない!!」
訳が分からない。陳情書とはそういうものだ。
が、もう一人の新人ヒィロもこれは不味いものだと分かるほどのものらしい。
ハークス殿下がヒィロに尋ねる。
「……すまんヒィロ。どういうことか説明してくれ」
「あ、はい殿下。えーっと、お……ナイアトホテプ様は、画一した形式をご希望のようです。たとえばここに3つの矩形を用意しまして、一番上に申請者の氏名、真ん中に要望、一番下にいつまでにやって欲しいかの期日、といった具合のものですね」
「申請理由と申請日、了承のサインを入れるところも!」
「段一つと、右上と右下に追加で。あ、書いた方が分かりやすいですよね? 定規あります?」
ナイアトホテプ嬢が胸元からするっと定規を出して投げ渡し、ヒィロはそれを受け取ってササッとフォーマットを書き出した。
何と息ぴったりな動作だ、まるで長年組んでいる上司と部下である。
「おいコレハ、今どこから取り出した?」
「あら殿下。女性には男性には無いポケットがたくさんございましてよ」
「間違ってもそれ男には渡すなよ!? はしたないからな!」
「オホホホ、ごめんあそばせ?」
と、そんな事を言っている間にフォーマットのサンプルが完成し、じゃーん、と見せつけるヒィロ。
そこには、整頓された美があった。
……分かりやすい。名前、要望、理由、期日。申請日と可決サインする場所まで決まっている。これは、ここに書かれた陳情書であればそのまま保管しても問題ない程だろう。
「このような用紙を用意し、それぞれ記入していただく形にする。これが書式、フォーマットとも言うものでございます」
「……な、なるほど。もし全部こういう風に書いてもらえるならとてもやりやすい」
「……しかし、その線を書くのは手間ではないか?」
「アナタたち、版画を知らないのかしらぁ!? 印章も使ったことないとは言わせなくてよ!? ウチのシマじゃ常識ですわぁ!!」
「よく使うものをハンコのようにしてしまえば良いだけですよ、と仰せです」
どやぁ、と得意げなヒィロ。
やはりどうみてもナイアトホテプ嬢と息がぴったりである。
「……すっっっっっっっかり忘れてましたわ! ナイアトホテプの外では、未だにこんな原始的なメモ書きを書類と言ってましたのね!?」
「そ、そういえば父もナイアトホテプ侯爵から届く書類は読みやすいから参考にするようにと言っていたな……」
「なぜ! それを! 取り入れない!? 広めない!? 愚鈍ですわねぇー!?」
べしべしべし、と殿下の眉間をつつくナイアトホテプ嬢。
突然の凶行に、いくら婚約者といえど流石に不敬罪ではないかと背筋が凍り付く。
「あだっ、ちょ、痛いだろうが! というか諸侯にわざわざ線を書かせるわけにも!」
「うるせぇ! 上は忙しいんですわよ! フォーマットに則っていない書類は今後一切受け付けない、というようにすれば嫌でも従うしかなくなりますわ!」
「それは横暴だろ!?」
「あらあら上の者が、ひいては陛下が過労死しても良いと!? 第一王子のくせに!? それはもう国家反逆罪ですわねぇ! 奸臣の鑑ですわぁー!!」
「そこまで言ってないんだが!? わ、分かった、俺が間違っていた!!」
べしーん! と、殿下はついに突き倒され後ろに下がりつつしゃがみ込む。
その表情は屈辱に歪んでいる。
う、動けなかった。圧倒されて。臣下としては、殿下を守るため割って入るべきだっただろうに……!
「オーッホッホッホ! 分かれば宜しくてよ、分かれば!」
「くぅうっ!……で、そのショシキとやらのハンコはどうやって作ればいいんだ? やはり削り出せばいいのか?」
「おバカさんですわねぇ、そんなの手間ですわ! 薄い板を立ててやれば直線のハンコに早変わり。それを組み合わせたら十分使い物になりましてよ? 削り出すのはせいぜい文字くらいで十分ですわ! むしろ極細の棒を文字の形に組み合わせて接着すれば?」
「なるほどそれは分かりやすいし作りやすい。しかも水平に切れば同じハンコが量産できそうだ。くっ! なんて便利なんだ!」
「この程度も思いつかないなんて、この国の将来大丈夫なのかしらぁー?」
「そこまで言うか!? くそう、今に見てろよ!! 書式のハンコだってすぐに用意してやるからなぁ!!」
「楽しみにしてますわ、オーッホッホッホッホ!!……さて、それじゃあ私はとりあえずこのメモ書きを多少マシな書類にまとめますわぁー」
ひとしきり笑って満足したのか、ナイアトホテプ嬢は着席して書類を纏め始めた。
……突然静かになった生徒会室。
えっ。今の流れで普通に仕事を? と改めて混乱していると、ハークス殿下もスッと立ち上がる。まるで何事もなかったかのように。
「というわけでダゴン生徒会長。これは絶対便利だ。早速陳情書の書式ハンコを作らせたいと思うのだが、どうか? ヒィロは別の書類について書式を考えて欲しい。クルシュ、ヒィロにどういう書類があるか教えてやってくれ」
「はい」
「承知しました」
と、ハークス殿下の指示を受けて速やかに作業に入るヒィロとクルシュ。
一拍遅れてハッとなり、ようやく自分も返事を返した。
「あ、えと、はい……あ、あの。殿下?」
「ああ。気にするな。いつもの事だから。……やはり我が婚約者はこうでなければな」
たった今までコレハに向けていた悔しそうな表情とうってかわって、心底スッキリとした表情のハークス殿下。……何も言えず、とりあえず執行部に書式のハンコを作ってもらう依頼を出すことにした。
ああ、こういう依頼書も書式にしておいたら確かにお互い分かりやすくなるな、と思いつつ。
……やっぱりこれハークス殿下が生徒会長でいいんじゃないかな?
尚、ナイアトホテプ嬢の作成したまとめは、類似の陳情内容が何件あったとまとめられた非常に見やすいものであった。




