破れかぶれ
こうなれば、破れかぶれです!
私はそのまま旋風卿に向かって突進した。肩から彼の腹に思いっ切りぶつかる。こちらの体の方が弾き飛ばされそうになったが、旋風卿の体はわずかに後ろに向かってたたらを踏んだ。私ごときでは無理か?
その時、腕の中に居た百夜ちゃんが腕から体をすっと引くと、腰の帯革を足場に旋風卿の大外套の頭巾を持って後ろに飛んだ。首が締まったのか、首に手をやった旋風卿の体が後ろへと倒れる。足元の床板から、自分の体が跳ね上がるんじゃないかという振動が、大音響と共に伝わった。
「赤娘、扉だ!」
振り返るとあっけにとられているのか、居並んだ里人達にはまだ動きはない。私と百夜ちゃんで両開きの扉を閉めて、置かれていた閂の棒を金具の間に通した。
だが世恋さんと歌月さんが、倒れている旋風卿の横を通って前へ進もうとする。だめだ。この人達全員を止めないと時間稼ぎにならない。倒れていた旋風卿も起き上がろうとしている。
「お願い、目を覚まして!」
扉に近づこうとする世恋さんを押し返しながら必死に叫んだ。しかし彼女の目は、相変わらず虚ろなままだ。だが私の手を振りほどこうとしていた彼女の手から急に力が失われたと思ったら、まるで糸が切れた操り人形のように3人とも床に崩れ落ちた。
「白男が間に合ったな。やつの力が途切れた。だが我らにも気づいたぞ」
扉に何かがぶつかる激しい音がする。振り返ると閂を固定していた金具が、今にもはじけ飛びそうになっていた。
「見えた、奴だ。やはり我らの苦手なやつだ!」
百夜ちゃんが広間の隅々に目をやった。そこには黒光りした何かがうごめいている。それは天井や壁の板の隙間からにじみ出て、触手のような手をこちらに伸ばしてくる。
「なにこれ?」
今まで見た中で、ダントツの気持ち悪さです。
「お前だって見ただろう。力が人を求める姿を!」
私が見た? いつ何を? もしかしてマナ酔いしたときの悪夢の事を言っている?
「前にお前が見たのは『無我』だが、これは違うぞ!もう一度つながれたら終わりだ。触れさせるな」
私は旋風卿に伸びて来たその黒い気持ちの悪い物を、必死に手で振り払った。重さなどは感じないが、それに触れると全身の毛が逆立つ感じがする。触れた感触自体は何もないのだが、とても邪悪なものに触れた気分だ。
「百夜、これなんとかならないの!」
それは払っても払っても、板の間からにじみ出てきてきりがない。私の呼びかけに、世恋さんと歌月さんの間に立っていた百夜ちゃんが首を振った。悪夢と同じで彼女の周囲には、何かその気持ち悪い奴が入れない見えない壁みたいなものがあるらしい。彼女はそれで二人を気持ち悪い何かから守っていた。
「われらの苦手なやつだ。つなげん。ともかく起こせ。お前らも起きろ!」
百夜ちゃんは、そう言うと床の二人を乱暴に蹴っ飛ばし始めた。この子、手加減というものを知らない。
「旋風卿、起きてください。起きろ!」
私も旋風卿に馬乗りになってその頭をゆすり、顔を平手打ちした。正直こちらの手が痛くて持たない。
「ほー、ほほほほほ、お嬢さん方、あきらめが肝心だよ」
扉の向こうからあの長老の笑い声が響いた。閂の金具はもうぐらぐらだ。あと半時(数分)も持たない。
「赤娘、火だ。火で時を稼げ!」
私は百夜ちゃんに頷くと、立ち上がって腰の装備袋から角灯の油を取り出して、扉の方へ振りまいた。どのぐらい効果があるのだろうか? たかだか数升程度の油の火だ。あれ、火打ち……火打ちがない。ない、ない!!
『は~く~れ~ん、火打ちも一緒に渡してくれないと!!』
「百夜、火!!」
「我にできるか! お前の得意な奴だろう。お前がやれ!」
床を踏んで逆切れする黒娘に向って何か言ってやろうと思った時だった。破壊音と共に、何かが床を滑る音がした。閂止めの金具だ。振り返った私の目の前で、両開きの扉が激しい音を立てながらゆっくりと開いていった。




