見覚え
どれほど滑り落ちたのだろう。頭のどこかをぶつけたらしく、鈍い痛みと生暖かい何かが、額から頬へと落ちてくる。
ともかく真っ暗で、ここがどこかも何があるのかも分からない。足に絡みついている何かは、木の細根だろうか? これを使えば穴を登ることが出来るかもしれない。ともかく灯だ。
白蓮は、腰にぶら下げていた角灯を探したがどこにも無い。先ほど地面を転がった時に外れて、どこかに行ってしまったのだろう。左腰の装備袋を探す。良かった。こちらはまだあった。
白蓮は道具袋の中から、角灯の予備の油を入れた平たい金属製の器を取り出して栓を抜くと、上着の内衣嚢から止血用の布を取り出して、そこに押し込んだ。油の匂いが鼻につく。膝で金属製の器を抑えて、左手で装備袋の中をまさぐった。頼むぞ、こいつはあってくれよ。
『あった!』
思わず声が出た。白蓮は装備袋から火打ち道具を取り出すと、布を口で咥えて両手でそれをはじいた。小さな火花が飛んだ次の瞬間、布が黄色い炎に包まれる。慌てて火打ち石を装備袋へ戻すと、口から布を外した。あちち、伸び放題だった髭が少し焦げたかもしれない。
肩帯革から小刀を外し、火が付いた布をそこに巻き付けて辺りを伺った。低い土の天井とそこを走る木の細根らしきものが見える。足元には小岩か枯れ枝だろうか、白い何かが山ほど転がっていた。
その中の一つ、丸い形の白い物には、3つの大きな黒い穴が見える。『違う』、これは石や枝じゃない。骨だ。人間の骨だ。それも大量にある。
振り返ると3~4杖(3~4m)ほどの遠くない先に、自分が落ちて来た穴の入り口らしいものと、その左右に木の根が見える。再び穴の奥を伺うと、何か光る物が見えた。少し小さい頭蓋骨の上に残った、髪の間にあったそれを手に取ると、それは緑の翡翠で作られた蝶の形の髪留めだった。
この髪留めには見覚えがある。あの子がしていた物だ。間違いない。この穴の先に百夜ちゃんのいう何かが居る。




