役立たず
足先が地面に振れた。手で頭を保護して受け身の姿勢で地面を転がる。嗅ぎなれた湿った土の匂い。ありがたいことに、落ちた先は岩場ではないらしい。だが地面は下っているらしく、回転する速度が一向に落ちない。腰につけていた装備のいくつかが、ちぎれて飛んでいくのが分かった。短剣とか佩いてなくてよかった。
背中が何かに激しくぶつかってやっと回転が止まった。立ち上がろうとするが、背中の痛みと、激しく回った眩みで体がいう事を聞かない。右手が触った先は木の幹のような感触だ。どうもあの大木の根元にぶつかって止まったらしい。でも休んでいる暇はない。
白蓮は必死に立とうとした。だがその努力もむなしく、足を滑らせると、体は足から根の間の闇へと滑り落ちて行った。
* * *
お化けが先に梯子を昇っていく。その後ろに旋風卿も続こうとしている。彼らを先に上らせてしまったらもう終わりだ。梯子の背後から登って先に行く。手を踏んづけた気がするが気にしない。旋風卿の肩と顔を踏み台にして彼の前に回り込んだ。正気だったら後で大変だろうな。
本当ならこのまま蹴り飛ばして、下に落としてやりたいところだが、私の足蹴りぐらいではきっとびくともしないだろう。百夜ちゃんも後ろを回り込んで私の後ろに続いた。少しは手伝う気があるらしい。
私達二人が意図的にゆっくり登るので、お化けはすでに入り口までたどり着いて、マ石の角灯を梯子の上において中に入ってしまっている。私は百夜ちゃんに目配せした。分かっているよね。あなたの仕事は時間かせぎだ。
私はお化けを追いかけて梯子を上った。登った先は昨日見た広間だ。だが今日はそこに人は居ない。長の背後にあった目隠しがなくなっており、その先にある両開きの扉が、奥へ向かって開け放たれていた。
扉の横に二本の閂がおいてある。こちらから閉めるようになっているらしい。どうやら私達に、運はまだちょっとだけ残っている。
お化けが扉の中へ入っていく。その一番奥の一段高くなったところに、大きな木の幹を背にして長が座っていた。そこまでの間に、里人らしい幾人もの人が両側に列を作っている。お化けは扉の向こうで列に並ぶのか、左側へと向かっていった。
私は大きく深呼吸すると、湧き上がってくる恐怖やら体の震えやらを、ぐっと腹の底へと押し込めた。そして覚悟を決めると、扉の裏の二本の閂の位置を再度確かめて、扉の奥へと飛び込んだ。
そこは彼らが『神』と呼んだ巨木の幹を背にした舞台のような場所だった。予想通り、扉の左右には里人らしき者が身じろぎもせずに並んで座っている。一番左の手前側にあのお化けも座っていた。
もう一度大きく深呼吸。
「本日はお招きいただきまして、誠にありがとうございました」
とりあえずここでお辞儀。
「残念ながら体調不良のため、また後日という事で、ここで失礼させていただきます」
もうお辞儀はいらない。私は身をひるがえすと扉に向かって脱兎のごとく走った。だけど入り口の先に見慣れた巨体!
どうしてあんたここにいるの?
見ると右手に何か黒い物を抱えている。その黒い者は私をみると、手のひらを反して両手を上げて見せた。
『時間稼げなかったのね』
この役立たず!




