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水使い

 緑香ちゃんから借りた籠に洗濯ものを詰めて、さらにたらい代わりに借りた木の桶を持った私は、ひーひー言いながら自分達の小屋からほど近い、小さな池のような所に辿り着いた。


 湧き水による池だろうか?


 とても清らかな水の池だった。池の端は葦の茂みの中へと続く小さな流れになっている。おそらくその先で湖へと流れ出ているのだろう。


 ありがたいことに、緑香ちゃんがもう一つの籠に洗濯ものをしょって案内してくれた。なにせ6人居ますからね。私一人ではとても持ちきれない。


 多分すごい匂いになっているのだけど(自分はもう麻痺していますが……)緑香ちゃんは文句も言わずにそれを担いでくれた。私の中ではあんな木なんかじゃなく、緑香ちゃんこそが『神』という感じだ。


 出かける時に、白蓮がこの霧だと乾かないのではないかとか余計な事をいったが、それがなんだというのだ? 私のマナをすべて使ってでも、この洗濯はやりとげないといけない。私一人分だけをやろうとすると色々とばれてしまうだろうが!


 できれば世恋さんか、歌月さんが手伝ってくれればうれしかったのだが、二人ともどうも体調が優れないらしく、お願いするのは気が引けた。白蓮が手伝うと言ったがもちろん断った。


 たとえ男物の洗濯をさせたとしても、隣で私が下着の洗濯などできると思っているのだろうか? それとも世恋さんの下着が目的ですか?


 素直に剣でも磨いていろ。でも帰りに籠を担ぐのは手伝ってもらった方がいいかも? 二つは持てないな。

 

「緑香さん。案内、ありがとうございました。そういえばまだ名前を言っていなかったですね。私は風華と言います。一の街で八百屋をやっていました。よろしくお願いします」


 私は緑香さんにぺこりと頭を下げた。


「風華さんですか。それに八百屋さんですか?」


 緑香さんが不思議そうな顔をする。そうですよね。なんで八百屋が、こんなところをうろうろしているのか、訳分からないですよね。あれ、もう元八百屋かな? あっ、元八百屋ですと訂正しようとしたらもう緑香さんの姿は消えていた。そうですよね、皆さんそれぞれ忙しいですよね。


 ともかくぱっぱと洗って、ぱっぱと乾燥させないとすぐに日が暮れてしまう。私は桶に水を張って汚れを落とす準備をした。肌着類は保温というより、汗でぬれないように麻を素材にしたものだが、それでも量が量なので急がないと乾かす時間がない。


 私のマナの量ではこの衣類の水気を全部取るなんてことは到底できない。それに私の場合は色々理由があって、皮の細履きなんかもあらわないといけないのだ。できれば上着なども汚れと匂いを落としたい。誰か来ないのなら、布で体を拭くぐらいもぜひしたい。もうかゆくてかゆくて、殺される前にこれで死にそう。


 桶に、衣類をいれてみる。何だこれは……。


 もうよごれというより、まっちゃ? 真っ黒? もう謎の泡やら、かすやらがてんこ盛りで浮いてきます。ともかく一度水を捨てて(このきれいな池の水を冒涜している気分がしましたが……)もう一度投入。さほど変わりません。手とか木で洗いを掛ける前からこの状態とは……とほほほほ。私は大変な仕事を請け負ってしまったらしい。


 辺りから、とりあえず汚れ落としに使えそうな木の枝をもってきて、それを使ってかき混ぜたりこすったりすると、いくらでも後から後から汚れが出てくる。


 こんなに汚いものを着て生きていたとは……。そもそも旋風卿の肌着は大きすぎて桶に入らん。これどうすればいいんだろう。歌月さんの胸下着も大きい。桶に入らないとかはないけど、自分のと比べるとちょっと悲しくなってくる。。。


 はじめてから大分時間が経ち、汗だくになっておりますが、一枚一枚の汚れがすごすぎて全然進みません。この辺りは美少女とか美人とか関係ないみたいです。これは証拠隠滅までたどり着けるのだろうか?


「遅くなってすいません。探すのに時間がかかってしまいました」


 それは、私が借りた桶の何倍もの大きさのある桶を、背中に背負った緑香ちゃんの声だった。


「風華さん、たくさんあるみたいなので、私の方でお手伝いしてもよろしいでしょうか?」


 よろしいも何も、『こちらこそお手伝いさせていただいてもよろしいのでしょうか?』と言いたかったのだけど、頷くことしかできなかった。庶民はそういう言い回しに慣れていないんです。許してください。


「では、お借りしますね」


 緑香ちゃんは、そういうと背中の桶を地面に下すと、私の横で山済みになっていた肌着を何枚か取ってその桶の中に入れた。


 私が水を張ろうと、借りていた桶で水を汲もうとすると、緑香ちゃんは右手を前に差し出して、何やら精神を集中させている。誰かが強力なマナを使う時の、肌がぴりぴりとする感じがうなじから背中に走る。目の前で池から水の球が持ち上がったかと思うと、その水の球は桶の中へと落ちてあたりに水滴を散らした。


 この子、『水使い』なんだ。


 私が湖のほとりで使った『浄化の力』のような生活技術なんか足元にも及ばない、水を操れる力を持つマナ使い。


 再び手を前にして精神集中したかと思ったら、今度は桶の中の水が何人もの人の手でかき回されているように回転して泡立った。そして一歩前に出ると、肌着を片手に取りながらゆっくりと上げていく。とても強力な浄化の力だ。よごれが下に落ちて固定されている。


 桶から引き上げられた肌着は……。さっきの茶色いのや、黒いのやらの痕跡は全くない、多少よれてはいるけど、市場で買った時のような薄茶色の本来の色を取り戻している。


 この子、天才だ!


「風華さん、紐を用意してもらっていいですか?」


 はい、もちろんです。私は白蓮の装備からくすねて来た細紐を木の間に結んだ。緑香ちゃんがマナを使って水気をとるとそこに掛けて行く。


 最後の肌着を取り出した後の桶のそこには、言葉で表現するのが難しい様々な汚れがたまっている。緑香ちゃんは、『水使い』の力で汚れごと桶の水を辺りに飛ばすと、再び肌着をそこに入れて池から水を入れた。


「緑香さん、一の街で洗濯屋さんやったら大繁盛ですよ。大儲けできます」


「洗濯屋さんですか?」


 ごめんなさい。忘れてください。こんな天才的な『水使い』に洗濯屋なんて仕事させてはだめですよね。


「緑香さん、厚かましいのは重々承知ですが、革の上着やら細履きやらの手入れをしたいので、肌着はお願いしても大丈夫でしょうか?」


 後で肩でも足でもおもみいたしますからお願い。


「ええ、大丈夫です」


 旋風卿、確かに『神』はいました。この子が『神』です。


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