お迎え
「お迎えに上がりました」
その声はお化けらしからぬ若い男性の声だった。薄暗い中、真っ黒な袖なし大外套にやはり黒い頭巾を被っている。その頭巾に隠れて顔は良く見えない。櫓を持つ腕は白蓮よりも青白く見えるが、その腕は少し筋肉質な普通の男性の腕にも見える。
いや、白蓮よりよほどたくましいぞ。でもこれは罠だ。人のふりをして、一気に頭から私を食べるつもりだ。
そのお化けは船の舳先を岸につけると頭巾を外した。頭巾の下には軽く波打つ黒髪に、少し青白い肌をした青年の顔があった。白蓮よりは少し年上だろうか? でもこの『お化け』の方が堀が深く、整った顔立ちをしている。向かいの肉屋の娘が見たら、「きゃー男前!」とか直ぐに叫びそうだ。
「貴公を入れると、定員越えなのだがね?」
旋風卿が槍を片手に『お化け』に問いかけた。
「それゆえ、決断は早めにお願いします。今は『渡り』の季節でもあります。『幻惑』の力も見つかってしまえば、あのもの達には通じません」
『お化け』らしからぬ笑みを浮かべると、手のひらを返して辺りをざっと指し示した。
「それにこの湖の水はあまり飲料には適しませんので、ここにおられても意味はありません」
旋風卿がじろりと私の顔を見る。なんですか? なんか文句でもあるんですか? ちゃんと『浄化の力』かけましたよ。見てたでしょう?
「一杯いるぞ『鳥もどき』。でも焼き鳥はまただな」
百夜ちゃんが馬の腹でも蹴るように、旋風卿の胸を足でたたいて先に行くように即した。旋風卿は仕方がないという表情をすると、槍を杖代わりにひょいと船に飛び乗った。その重さで船が左右に大きく揺れる。歌月さんと白蓮がそれに続いた。
本当に、本当に、皆さんこの船に乗るつもりですか?
「お前が餌になるつもりなら、ここに居てもいいぞ」
百夜ちゃんが私を見てにやりと笑う。それって干し肉の恨みですか?
食べられるのならお化けに食べられるのと、あの鳥もどきに食べられるのと、どっちがましなんだろう? どっちも同じくらい嫌だ。でも鳥もどきに食べられたら、最後は死人喰らいに食べられるのかな?
『死人喰らい』だけはやっぱり勘弁して欲しい。乙女は決して『死人喰らい』なんかに食べられてはいけません!
『分かりました』
花輪ちゃんとの約束もある。私は覚悟を決めると、頼りなさげな木の船の舳先に足をかけた。先に乗った白蓮が手を貸してくれる。私の後に続いて世恋さんが船にのると、その船はゆっくりと岸を離れ始めた。
しばし櫓をこぐ音だけが辺りに響き渡った。旋風卿が乗っているせいか、船の喫水線はとても深い。ちょっとでも揺らしたら転覆しそうなくらいだ。
船は立ち枯れた白い木の間をゆっくりと進んでいく。私にはその白い枝は、まるで骸骨が私達に手を伸ばして、湖に引き込もうとしているように見える。
今は櫓の音に加えて、私の歯がカチカチとなる音も響いている。これ、きっとみんなに聞こえているんだろうな? 白蓮の手を必死に握りしめるが、それでも体の震えは一向に収まらない。
「五名もの方が外から一度にいらっしゃるとは、この里始まって以来の事です」
五名? ああ、旋風卿の肩の上の付属物は数にいれていないんですね。
「私を突き落として、船を奪うというのはあまりお勧めいたしません。『幻惑』の力はこの湖にも及んでいます。抜けるのは森よりも大変かと思います」
ちょっとかっこのいい『お化け』が、旋風卿の方をちらりと見て言った。
「種をわざわざ教えてくれるとは親切な方ですな」
旋風卿が、いつものやれやれという表情で答えた。
「種もなにも私達の『神』のお力ですから」
そう語る『お化け』は恍惚の表情を浮かべている。『お化け』にも神様っているんでしょうか?




