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初森

 森の中へと続く一本の道、「旧街道」。


 どのような技かは私には全く想像がつかないが、完全にぴったりと合わされた敷石の間からは、雑草一つ生えてはいない。この道を使う人などほとんどいないというのに、それは数百年前に黒の帝国によって築かれて以来、何も変わっていないように見える。


 いや変わっている。300年前には、この両側に広がる黒き森、『追憶の森』は無かったのだから。私は歯の根があわなくなるのを必死にこらえていた。でも花輪ちゃんの死を無駄にしないためにも、私は前に進まなければならない。


 私の周りには、前と後ろを警戒しながら森に入る準備をする冒険者達と、私の横でうたた寝をしている百夜ちゃんがいる。


 私は冒険者用の肩から腰につるした帯革につけられた、何本かの投擲用の小刀に手をやった。その金属の冷たさが指にゆっくりと伝わってくる。この先で、私もこれを使わなければならない時がくるのだろうか? お願いだから、誰かに間違って刺さるなんてことは無しにして欲しい。


「風華さん、いよいよ森ですね」


 緊張する私の事を気遣ってか、世恋さんが声をかけてくれた。言葉で返したいのだけど、震えのために頷く事しかできない。あれほど花輪ちゃんの前で誓ったというのに、なんて情けない。


「基本的にマナ除けをかけていれば、見つからない限り大丈夫ですよ。それより虫とか、そういうのに気をつけてくださいね」


 世恋さんの励ましの言葉。よく考えるとなんの励ましにもなっていない。つまりマナ除けをかけていても、向こうから見つかってしまえば、まずいという事ですよね?


「それに百夜様は探知が使えるみたいですから、こちらから近寄らなければ見つかりません」


 おーー、百夜ちゃんという心強い味方が!


 でもこの居眠り状態でもその『探知』とやらは働くのでしょうか? かなり心配です。


「風華、百夜、そこから降りてこちらにおいで」


 何でしょう。歌月さんが私に声をかけてきました。とりあえず、素直に降りることにする。百夜ちゃんはいやいやするみたいに手を振ると、また居眠りに戻っていった。


「百夜はいいか。でも風華、あんたはあの山櫂さんの娘だからね。こういうことはきちんとしておかないと」


 歌月さんが父の名前を出す度に、娘としては少しドキリとしてしまう。


 歌月さんは私に前に膝まづくように手で合図すると、一本の短めの細身の剣、多分、父の遺品にあった物を鞘から引き抜いた。なにか私はやらかしてしまっていて怒られるのだろうか?


 正直思い当たることが多すぎて(皆さんに切れちゃった事とか、わがまま言った件とか)どんな言い訳を用意しておけばいいか途方に暮れてしまう。


 歌月さんは世恋さんから、水が入った革袋を受け取ると、その剣を清めるかの様に水を流した。


「風華、『初森の儀』だ」


 そう語ると、歌月さんは顔の前に剣を捧げた。


「我、『追憶の森』の監督官、歌月の名において汝、『風華』がここに森に入ることを認める。彼女の冒険者としての道が幸あらんことを森に願う」


 そこにいたすべての冒険者、白蓮が、旋風卿が、世恋さんが、準備の手を止めて、腰の剣を顔の前に捧げると一斉に声を上げた。


「我々の剣はマ者を貫く。彼女が良き狩手であらんことを」


 歌月さんが細身の剣を私に手渡した。


「風華。お前の番だよ」


「我々の剣はマ者を貫く。皆が良き狩手であらんことを」


 初めてだったけど、噛まずに言えた。それもそうだ、これを言うのは今日が初めてではない。子供のころ父とやった冒険者ごっこで、必ず最初に言う台詞だ。


「森が彼女を無事に、私達の元へ返してくれることをここに願う」


 再び皆が声を上げ終わると、歌月さんが私の手から細身の剣を受け取り鞘に戻した。そして私の耳元で、そっとささやいた。


「こういう事は、結構大事だったりするんだ。あんたが誰かと一緒になるときも、きちんとやりなよ」


 歌月さんは、鞘にもどした剣を私に押し付けると、荷馬車の荷を各馬につけた背嚢に収納する作業に戻った。気が付けば皆もそれぞれの準備に戻っている。


 確かにこれは百夜ちゃんには無理、いや不要かも。でも私には確かにとっても大事で、とてもうれしい事だった。私も冒険者として、みんなの仲間として森に入れるのだから。


 でも最後の台詞は、どういう意味だろう?


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