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約束

 花輪ちゃんの遺体から血を洗い流して、彼女が着ていた質素な下女の服を着せてあげる。服の血は完全に落とすことはできなかったけれど、黒い彼女の服には血の跡はそれほど感じられない。


 まるで白蝋でできたかの様な白い顔と、その下に開いた喉への小さな刺し傷を見ながら、私はずっと涙を止めることができなかった。僅かの間だったけど、本当の妹のように思っていたのに!


 彼女の遺書に書いてあった台詞、「お役に立てなくてすいません」。


 死んでしまった彼女にどれだけの事をしたからと言って、何を許されるのだろうか? 苦しかったでしょう。どうして私をもっと頼ってくれなかったの?


『僕たちはそのためにいる』不意に白蓮の言葉が頭に浮かんだ。


 私も同じだ。森で役に立たないからといって、自分の存在を不要の者だと考えていた。やっと分かったよ白蓮、あなたの言葉の意味が。そして世恋さんは正しい、自分を守れないと悲しむ人はいるのだ。


 彼女の遺体を乗せた、木で作った簡素な矢倉に火を放つ。油紙を種火としたそれは、秋の乾燥した風にあ煽られて、あっという間に火で包まれた。遺体を洗ってあげることも、遺体を火葬してあげることについても、旋風卿は何か言いたげではあったが、私の顔を見ると何も文句は言わなかった。


 彼が私に何を言いたかったのは分かっている。追手を巻くために、一刻でも早く森に入るべきだと言うのだろう。


 でもたった半日だ!


 その半日の為に、追手が現れて彼女の死が無駄になるかもしれないという主張は私にだって理解できる。でも、そんな理詰めな考え方こそが、彼女を死に追いやった原因の一つではないのだろうか? そしてそれに何も言えず、何もできなかった私も同罪だ。


 白蓮は枝を集め薪を用意するのを、何も言わずに手伝ってくれた。世恋さんと歌月さんは遺体を清めて、その服を洗うのを手伝ってくれた。旋風卿も最後は白蓮の手伝いをしてくれた。


 全ては私のわがままだ。そしてそのわがままのせいで私以外の誰かが命を落とした時には、生きている私は何を思うのだろうか?


 神様というものがいるのであるならば、私のわがままの罰は、すべて私に下してくれるように私は祈った。彼女の遺体を焼いている間、彼女の遺体を埋めるための穴を白蓮とともに掘り、歌月さんが木に彫ってくれた墓標を受け取った。


 どうか安らかに眠ってほしい。そして今度生まれてくるときには、私に思いっきり文句とわがままを言って欲しい。貴方が生き抜くために。


 そして私もあなたに約束する、私は『城砦』まで必ず行く。もう()()()だろうが何だろうが恐れはしない。もし私がここで立ち止まったら、私にはあなたに対して謝る価値すらない。


* * *


 暗紫色の鎧を着た男は、その報告書を読むとそれを目の前に油灯にかざした。報告書は彼の手の中で、一瞬の炎のきらめきを残して灰として崩れ落ちた。


 まるで彼女の人生の様ではないか?


 男は両手を組んだ上に顎を乗せてしばし思いを馳せた。これまでの花輪のなかでも、彼女は変わった子だった。腕がいいというだけでなく、自分がどうしたら役に立てるようになるかというのを、自問自答する向上心にあふれる子だった。単なる手としてではなく、その先を担ってくれたのかもしれない。彼女を失った穴は大きい。


「つなぎは?」


 暗紫色の鎧の男は、前に立つ侍従姿の細身の男に尋ねた。


「旧街道に入られると、外からは難しいかと思います」


「仕方がないな。どうせ行き先は分かっている」


 だが、彼女の死は決して無駄ではない。単に殺すのではなく、あの鋼のような忠誠心を曲げる何かがそこにあったのだ。殿下の予測は正しかった。その力が城砦の城壁のように、寸分たがわぬ絵を描いたのだろう。


 今はそれが分かっただけで、彼女は十分に役割を果たしたと言える。彼女の私に対する「父様」という言葉をもう聞けないのは残念で仕方がない。だが次の花輪を、殿下の手を足を用意するのも私の仕事だ。


「この地にも孤児院はあるのだろうな?」


「ありませんでしたので、掃除の時に接収した館を、いくつか孤児院にしたてました。今はどこも満員です」


 侍従姿の男が答える。


「では、近く時間をとって訪問することにしよう」


「あらかじめめぼしい子を……」


「いや、私の目と耳を使って探すことにする」


 それがせめてもの私の責任というものだ。そして彼女のことは殿下にも伝えなければならない。きっと殿下は一日中、荒れられることだろう。無駄に空気を吸っているもの達に対して。


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