問い
「白蓮君、君はどうして冒険者になろうと思ったんだね?」
旋風卿は日が落ちる前に、森へ採取に行こうとしていた白蓮を呼び止めた。急に声をかけられた白蓮がびっくりするような表情をして旋風卿の方を振り返った。そして数砂(数秒)考えると、
「山さんが最初に僕を見つけてくれたのが森でしたからね。冒険者をやっていて森にはいっていれば、そのうち自分がどこから来た何者か、分かるとおもったからですかね?」
と答えを返した。
「少しは収穫があったかね?」
「自分の事ですか? それとも冒険者としての腕ですかね? どちらもさっぱりですよ。まあ、前者については今では正直どうでも良くなりました」
白蓮の答えに旋風卿が怪訝そうな表情をした。
「自分の事について、どうでもよくなったと言うのかね?」
「はい。山さんの仕事を引き継いで、店に採取したものを卸して、ふーちゃんとたわいもない会話をしているうちに、自分が昔はどうだったかなんて全く興味が無くなりました。どちらかというと、ふーちゃんが店を一生懸命切り盛りしているのを、どう手伝えるかしか考えていませんでした。それで手一杯です」
白蓮が、旋風卿に向けてわざとらしく手を広げて見せた。
「君は、やっぱり変わり者だね」
そう言うと、旋風卿は白蓮に向って肩をすくめて見せた。
「褒められたという事にしておきます」
白蓮は旋風卿の言葉に、少し恥ずかしげな表情をして見せたが、顔を上げて、若者らしいにっこりとした笑顔を向けた。
「アルさんや、世恋さん、それに歌月さんに、百夜ちゃんにも本当にお世話になりました。とても感謝しています。僕一人ではふーちゃんの無事はもちろん、ふーちゃんの元までも戻ってこれなかったと思います」
「どういう事かな?」
白蓮の言葉を受けた旋風卿が怪訝そうな表情をすると、白蓮に向って首を傾けて見せた。
「ふーちゃんは、明日絶対に森には入らないと思います。多分、花輪ちゃんをつれて一の街に戻るか、どこか知り合いのところに逃げるかあたりを考えていると思います」
白蓮はそこで自分が着ている、冒険者御用達の革の大外套の襟をつまんで見せると言葉を続けた。
「僕は冒険者をやっているんじゃなくて、ふーちゃんを手伝う方法がこれ以外は無かったからやっていただけですから。ふーちゃんのやりたいことを手伝うだけです」
「つまりは?」
旋風卿が白蓮に問いかけた。
「明日でお別れという事になります。アルさんには本当に感謝しています」
白蓮は少し寂しげな表情で旋風卿に答えた。
「白蓮君、では質問を変えよう。君の願いは何かね?」
「願いですか? アルさんからそんなことを聞かれるとは思わなかったな。うーん、あえて言えばふーちゃんが、今のふーちゃんで居続けてくれることでしょうか?」
しばしの沈黙が二人の間に流れ、秋の終わりの風に二人の大外套がはためく音が響く。
「やっぱり君は変わり者だね。今日はマナ除け草も水も多めの確保を願いします。明日から、本森ですからな」
「分かりましたでは、では今日の仕事に行ってきます」
白蓮は旋風卿にそう告げると、踵を返して森の中へと向って行った。その姿は鉈と小刀に背嚢を背負っただけの相変わらずの軽装だ。
旋風卿はその姿を見ながら、この男を見ていると自分の常識の方がおかしいのではないかとすら思えてくる様に感じた。白蓮が消えた森の入り口をしばらく眺めた後、旋風卿は野営地に向ってゆっくりと歩きだした。
「明日でお別れにはならないよ白蓮君。君達にはもう少し私達に付き合ってもらう。何せ君は……」
だがそのつぶやきは、誰の耳に入ることもなく、秋の終わりの風に消えていった。




