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夕飯

 私達は森へと続く旧街道を、馬と白蓮が農家から拝借してきた農耕馬に引かせた荷馬車で移動していた。私は自分の乗馬の手綱を歌月さんに任せて、荷馬車の御者をやっている。


 どちらかといえばこちらの方が本職の仕事に近い。後ろの荷台には、やはり白蓮が農家から拝借してきた根菜類に豆類、一部干し肉などの日持ちがする食べ物の麻袋に、百夜ちゃん、花輪ちゃんの二人が乗っている。


 旧街道は「黒の帝国」時代に作られた道で、薄く切り出された石が寸分たがわずぴったりと合わさった素晴らしい道で、この道が追憶の森なんかではなく内地へ向かう道だったら、復興領ももっと早く、もっと素晴らしく発展したのではないかと、八百屋の私でも思ってしまう。かなりへたり気味のこの荷馬車のばねでも、道からの振動がほとんど感じられないくらいだ。

 

 最初からこちらの道を使えばよかったんじゃないかと素人ながらに思ったけど、最初から村の住民達と街の難民の争いに巻き込まれていたような気もする。森の近くではマ者に、人の近くでは人に襲われるという事ですね。


 どっちがいいかと言うと、どうなんだろう。私にはよく分からない。誰かが死体を森に投げたり、森に入ったりしなければ、マ者から襲われない森沿いの方がましということになるのだろうか? つまり、今回はすごく運が悪かったという事ですか?


 そういえば歌月さんが『神様が意地悪』とか言っていたのに激しく同意です。

 

「赤娘、これはなんだ?」


 麻袋の中をいろいろとあさっていた百夜ちゃんが、私に土がついた薄茶色の丸いものを差し出した。


「これは、『じゃがいも』です。まだ芽も全然のびていないから取れたてですね。持たないからさっさと食べましょう」


「うまいのか!?」


「ゆでて塩をかけるだけでもうまうまですよ~~。薄く切って油であげたらめちゃうまです(でも乙女の敵ですけど)」


「お~~~!」


 じゃがいもを握りしめ、充血気味の左目を大きく広げて盛り上がる百夜ちゃん。本当に食いしん坊ですね。いくらでも食べてください。なにせあなたは命の恩人です。多分ですけど……そうですよね?


「風華さん、下ごしらえはどうしましょうか?」


「うん、皮を向いて、四つ切にして水にさらしてもらえるかな? 乾燥豆の残りと一緒に煮込もう」


 うん、かわいい。うらやましいくらいまっすぐな黒髪ニつぶらな瞳。すごくかわいい。連呼したい!


 八百屋の一人娘、風華に待望の妹(本物じゃないですけどね!)が出来ました。花輪ちゃんは、農家で下働きをしていたせいか、なんでもてきぱきと仕事をこなしてくれます。あの、冒険者(やくたたず)達とは大違いです。


 もっともこんなにくつろいで盛り上がっているのは私達だけで、この荷馬車の周囲を固める旋風卿や、歌月さんなどは、槍に短弓を持って常に周囲を伺っています。前を行く、世恋さんやさらにその前を行く白蓮も、手信号でいろいろやり取りしているみたいです。


 今日も朝からあのマナ除けをたんまりと被っています。だんだんこの匂いが体の中までしみこんでいって、一生落ちないのではないかと思うととっても怖い。


 私達が進むこの旧街道の両側は、もうかなり近くまで黒い森が迫ってきており、森の手前にわずかに放牧地にしているらしい土地が広がっているだけになっていた。休憩小屋のようなものすら見えない。


 旋風卿が気にしている追手の姿もない様だ。まもなく人の世界と別れを告げて、森の中へと入っていくことになる。ここから先は()()()の住む世界だ。そしてそのさらに先には、本物の冒険者達が暮らす街、『城砦』がある。


 私と彼らの旅もそこで終わりだ。旋風卿が言う定員問題というのはまだ解決していない。旋風卿も花輪ちゃんを今すぐ始末するという事はあきらめたみたいだけど、結局のところ7人そろって森に入ることはできない。


 もしかしたら、二つに分ければ入れるかもしれないが、何かあって両者の距離が近づいたりしたら、彼らが『崩れ』と呼ぶマ者の群れに襲われることになってしまう。結社によって調整されているわけではないこの旅では、森に入る人数は少ないほどいい。そして私はマ者の前ではもちろん、森の中でも何の役にもたたない。


 彼らに文句を言うつもりは全くない。唐変木(旋風卿)も含めて世恋さんや、歌月さん、百夜ちゃんがいなかったら、私は今この時まで生きてはいないと思う。きっと村で見た人たちと同じように、もう骸となって大地に横たわっていただけだろう。でも死んだ後にあの『死人喰らい』とかいうのに食われるのだけは嫌だ。本当に勘弁して欲しい。

 

 それに黒の帝国が滅んだ時など、今よりもっとひどい時だってあったはずだ。それでも私はこの世に生まれてこれたし、まだ生きている。彼らが居なくなっても、歌月さんが領主館で私達をかばおうとしたみたいに、私も花輪ちゃんを守ってあげたい。逃げ出してからそのままだけど「緑の三日月」だってまだなんとかなるかもしれない。


 まだ男の人は知らないけど、何があっても死んだほうがましなんて考えはもう捨てた。私にもまだ神様が決めた役割が何かあるはずだし、あって欲しい。


 白蓮が世恋さん達と一緒に行きたいというのなら笑顔で行かせてあげよう。彼は冒険者だ。寂しいけど、この二年間、一緒に居られて楽しかった事が消えてしまう訳じゃない。でも白蓮、簡単に死んだりしたら許さん。お化けのお前の所に、こっちから出向いて行って土下座させてやる!


 旋風卿が先を行く世恋さんに対して手信号で合図している。この数日間でこの手信号にも大分慣れてきた。今宵の野営はこの横の牧草地の斜面下になるらしい。私は大分傾いた日に照らされる前方の森を見た。これが私にとって彼らとの最後の野営ということになるだろう。


 ならば花輪ちゃんと一緒に、せめておいしい夕飯を作ろうじゃないか。


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