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焼き鳥

「風華さん、起きてください。時間がありません」


 超絶美少女が私の顔を覗き込んでいる。同じような場面が前にもあった気がするぞ。それにツーンとした独特の匂いが鼻の辺りでした。何かの気付け薬だろうか?


「花輪ちゃんは!」


 私は世恋さんの上着をつかんで聞いた。あの旋風卿とかいうマ者はどこだ。彼女に何かあったら許さん!


「花輪様は大丈夫です。歌月さんと先行しています。兄も彼女を害する気はもうないですから安心してください。それより時間がありません。私と一緒に表に出て、そのまま正面の建物まで走ります」


 表、正面、建物?


 そういえば私はどうして気を失ったんだろう?


「みんなで一緒に、あの『()()()()』を焼き鳥にしましょう」


 世恋さんが私の手を引いて、体を起こすのを手伝ってくれながらにっこりと微笑んでくれた。そうですか、皆さんやっと分かってくれましたか。


 クークック……


 どこかからあの『鳥もどき』の声が聞こえてくる。どうやらこちらに向かっているらしい。ありがたいことに今は、その鳴き声を聞いても体の震えは起きない。


「行きますよ。ともかく前にいる、百夜ちゃん、花輪ちゃんのところまで走ってください」


 私は世恋さんの後ろについて、扉の外に出る。左右に走る廊下。左手は何かによって押しつぶされたらしく半壊していて、建物の木材やら家具屋らが散らばっている。右手の廊下、その先の居間らしきところを抜けると、広い玄関前の土間を抜けて通りに出た。


 吹き付ける風が大外套の裾を巻き上げる。雨はもう止みかけていて、目抜き通りらしい家の前の通りには、茶色い土の上に大小様々な水たまりができていた。


 通りの左右には家がまばらに並んでおり、右手奥には二階建ての少し大きな建物が、半分ほど黒く焦げた姿で建っていた。その左右には商店らしきものが、何軒か並んでたっている。


 旋風卿が何やら棒のようなものを抱えて道の中央に立っており、その先に細身の剣を抜いた歌月さんと、百夜ちゃん、花輪ちゃんらしき三人の人影があった。


 白蓮はどこだろう?


 ドスン、ドスン


 何かがこちらに向かってくる音に合わせて、その水たまりの上に大きな波紋が現れ、右から左へと強風に流されていく。


「急いで!奴らが来ます」


 世恋さんの逼迫した声が聞こえた。私は強い向かい風に逆らいながら、必死で右手奥の建物を目指して走る。だが、風に押されてなかなか前に進まない。世恋さんが私の手を取ると、私の体を引きずるように駆けて行った。


 私たち二人の前では、旋風卿が鍬らしきものを構えている。私達がその横を抜けた瞬間、旋風卿がそれを私達の背後に向けて放った。その風圧で私の体が一瞬浮いたかのように前に押し倒される。世恋さんが私の手を引いて、水たまりの上に倒れこみそうになった私の体を、上へと引き上げてくれた。


 何かのうめき声とも叫びとも分からない、謎の甲高い鳴き声。地面をたたく振動は、すでに太鼓を連打しているかのようだ。再び背後から来る風のかたまり。岩が空から落ちてきたような音。地面がはっきりと揺れる。何かが私達の背後に飛び降りたらしい。


「私の後に!」


 細身の剣を持った歌月さんが叫んだ。花輪ちゃんの蒼白な顔が見える。右手を一杯に開いて前に差し出し、怖いのか目をつむってうつむいている百夜ちゃんもいる。世恋さんが私を二人のところに押し出すと、腰に差した細身の剣を引き抜いて構えた。


 花輪ちゃんの横で振り返った私達の前に、あの『鳥もどき』が大きな黒い目を光らせながら、歌月さんと世恋さんを前に、その小さくぶかっこうな羽をバタバタと動かしている。


 その胸のあたりの羽毛は誰かの返り血で真っ赤だ。地面を這いまわる虫をつつく鳥のように左右に顔を動かしながら、二人の頭のはるか上からその動きを探ってる。

 

「はっ!」


 歌月さんが短い気合を発したかと思うと、私の視界から彼女の姿が消え、辺りに水しぶきらしきものが舞い上がった。


「やりますね。神速持ちですか」


 私達の前にいて細身の剣を構えていた世恋さんが、そのしぶきを見てつぶやいた。『鳥もどき』が羽毛を逆立てて甲高い鳴き声を上げる。その全身にはまだら模様に、刺し傷らしきものが穿たれていた。


 『鳥もどき』がぐるぐると体を回しながら、自分を攻撃したものの姿を探す。いつの間にか左手にいた歌月さんの姿を捉えると、その鋭い嘴を歌月さんに打ち込もうとした。


 再び水しぶきが上った。水しぶきの向こうでは旋風卿が手にした細身の槍で、『鳥もどき』の鉤爪の攻撃を防いでいる。そのさらに先には二匹の鳥もどきが地面をのたうち回っていた。この二匹を倒せば私達は助かる?


 その時だった。私の上を何かの影が通り過ぎ、右手の建物を通り越して、私と世恋さんの前に落ちた。私の体がその衝撃に飛ばされて、水たまりの上にお尻から落ちる。目の前に突き出されたその黒い瞳に、無様に尻もちをついた私の姿が映し出されていた。


「世恋!」


 どこか遠くで聞こえる、旋風卿の叫び声。するどく光る爪がついた大きな足が、ゆっくりと持ち上がった。啖呵をきったところで、大見え張ったところで、結局のところ私は役立たずだ。みんな、私が食べられている間に逃げてね。


「つないだ」


 私の背後から百夜ちゃんの声が聞こえた。頭を振り上げると、私の上に百夜ちゃんの細い手があった。その水しぶきにぬれた手が、今は固く握りしめられている。百夜ちゃんも逃げて……。


 ギュアアアアアアアアアア!


 『鳥もどき』達の絶叫が響き渡った。その絶叫を最後に、『鳥もどき』の体がゆっくりと崩れ落ちていく。


「風華さん!」


 尻もちをついた私の大外套の頭巾を、だれかが強く引っ張った。『鳥もどき』の嘴が私の足の先の地面へと突き刺さり、跳ね上がった水たまりの水と泥が私の顔を濡らす。手で顔についた泥を払って辺りを見渡すと、鳥もどきたちは全て地面に倒れており、ぴくりとも動かなかった。


 私は餌にならずにすんだ?


 左側の建物の間から、馬たちを曳いてきた白蓮の姿が見えた。白蓮は、地面に伏せている『鳥もどき』に驚いたようだったが、辺りを見渡して私達の姿を見つけると、こちらに向かって走って来た。お前は私の絶体絶命の時にどこで何をやっていたんだ!?


「赤娘。『焼き鳥』ってうまいのか?」


 百夜ちゃんが、しぶきにぬれた顔を私に向けて真顔で尋ねた。とりあえず、頷く私。


「残念、残念。『焼き鳥』次だな」


 百夜ちゃんがすごく残念そうな顔をしながら何かを指さした。


「やっかいな奴らが来た、逃げるぞ」


 百夜ちゃんが指さした先、白蓮が馬を曳いてやってくる背後の通りの端で、黒い塊が動いているのが見える。うん、早く逃げよう。


 あれの餌になって死ぬのだけは嫌だ。

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