鳥もどき
「助かりましたよ、世恋」
旋風卿が世恋さんに向かって告げた。世恋さんの当て身に崩れ落ちるふーちゃんの体を、世恋さんと一緒にあわてて支える。完全に力がぬけたその体がとてもとても柔らかく、そして重く感じられた。
ふーちゃんが花輪と呼んだ女の子が、僕らから後ずさりして壁を背にする。
「申し訳ないねお嬢さん」
旋風卿の淡々とした声。その幼く見える顔が恐怖にゆがむ。その間に小さな黒い姿が不意に割り込んだ。
「おい、おもかろい兄。赤娘をどうする? 起きたらうるさいぞ」
「その時は手足を縛って、おとなしくしてもらうしかありませんね」
百夜ちゃんの問いに旋風卿が答えた。この人は本気でふーちゃんを拘束する気だ。
「無理だな。赤娘はこういうやつだ」
僕と世恋さんに支えられているふーちゃんを指さして告げた。そうです。こういう人です。切れたらおしまいです。
「それにもう手遅れだ。『鳥もどき』がこっちに気付いた。ここにいると、押しつぶされるぞ」
百夜ちゃんが、天井を見上げながら呟いた。
「外に出てどうします。相手は『鳥もどき』の群れですよ」
百夜ちゃんが旋風卿に右手を差し出すと、手のひらを開いて見せる。
「五匹だ。おもかろい兄、おまえどれだけ抑えられる?」
「獲物もないですし、10砂(10秒)と持ちませんな」
「扉の外に何かついた、棒やらなにやらあっただろう。あれを使え」
百夜ちゃんが、土間へ続く戸を指さしながら答える。彼女はそこにあった鍬とか農作業用の道具の事を言っているらしい。
「あんなもの、何の役にも立ちませんよ。まともに飛びもしません。それに囲まれたらおしまいです」
「嘘だな。飛ばせるだろう? お前は力で投げている。半時(数分)抑えろ」
旋風卿が少し驚いた顔をして百夜ちゃんを見た。百夜ちゃんは次に、歌月さんの方を振り返ると、
「おっぱい女。お前はどうだ?」
と告げた。なんだその直接的な表現は……。
「おっぱい女!?」
さすがに歌月さんもびっくりした表情で聞き返したが、百夜ちゃんの真剣な表情を見て、少し考え込むと、
「一匹なら30砂(秒)程度は抑えられなくもない」
と答えた。
「近づいた奴はお前が抑えろ。これを貸してやる。使え。数回は持つ」
百夜ちゃんが、大外套の内衣嚢からあのマ石を取り出すと、歌月さんにポイと投げた。
「おい、女」
百夜ちゃんが、花輪という名前の女の子の前に進み出る。
「ひっ!」
その顔をみて彼女が悲鳴を漏らした。そりゃはじめてみたら悲鳴もでるよね。
「お前も少しおもかろいな? 外であれをまとめるところはどこだ?」
少女は目をつむり、顔をそらしてそこから逃げようとしている。僕は彼女の腕を捉えると、百夜ちゃんが聞きたかったと思われることを聞いてみた。
「お嬢さん、両側に建物があるとか、囲まれない場所はありますか?」
「表から出たところの役場へ向かう道なら、両側に建物がありますが……」
少女がおそるおそる答えた。
「案内をお願いします」
微かに頷く少女。
「アルさん表です。役場の入り口までの通りを使います」
土間で農具を拾い集めていた旋風卿から了解という手信号が返る。
「おもかろい妹、赤娘を起こせ。そしてなんとかしろ」
「白男。お前は馬と、なんだ……あの馬と一緒の……」
白男? 赤娘の次は白男ですか? 馬と一緒にあったもの……。それに今度はなぞなぞですか?
「荷馬車?」
「それだ。馬のところにあったやつだ。匂いで分かるぞ、上に餌がある。餌をそれにのせろ」
「餌?」
「餌が一番大事だ。餌が無いと死ぬ」
「僕の方に『鳥もどき』が来たらどうするんですか?」
「お前は多分大丈夫だ。来たらあきらめろ。急ぐぞ。やっかいな奴もここに気付いた。ここもやつらの餌がたくさんだ」
多分ですか? やれやれ。百夜ちゃんの指示に世恋さんも、歌月さんも一斉に動く。この子はいったい何者なんだろう?
まあ、今はそれを考えても仕方ない。




