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定員

 百夜ちゃんが指さした先には、天井から下し階段らしきものが、下に向けて床から半分ほどの位置まで降りていた。ここから天井裏に登れるようになっているらしい。


 なんだろう、かすかにすすり泣くような声が聞こえた様な気がする。旋風卿が手信号で何かの指示をすると、短刀を手にした世恋さんが、上を狙える位置に移動し、小刀を持った白蓮が階段を手で床まで下すと、身軽な動作でそれを登って行った。


「殺さないでください!」

 

 女の子の声。誰か隠れていたんだ。短刀を手に上へと移動しようとしていた世恋さんを押しのけると、その階段を上へと駆けあがった。


 腰をかがめないといけないくらい低い天井の屋根裏部屋の奥、さっきのマ者のせいで開いたらしい屋根の隙間からかすかに入る明かりの下に人影がある。


 その手前で白蓮が、その人影に向かって口元に指を立てて静かにするように合図をしていた。反対の手は背の後ろにあり、その手に握られた小刀は油断なく動いている。白蓮、お前も世恋さんや、歌月さんと同じ輩か!?


 再び女の子のすすり泣く声。この家の下働きなのだろうか、質素な服に靴を履いたまだ幼く見える女の子が、壁に体を寄せながら左手を前に出して、ちょっとでも白蓮が近づくのを避けようと、必死に手を振っていた。


「白蓮、どいて!」


 白蓮が私に何かを合図したが無視。それよりさっさとどけろ。私は白蓮の横を通り過ぎると、女の子の前に近寄った。近づいて見ると、髪を肩までの長さに短く揃えた黒髪の女の子だ。


 年は14~5というところだろうか。顔は膝につけているから良くは分からない。黒っぽい薄手の腰布に、白っぽい前掛けのようなものをつけていて、根菜などを入れた麻の袋の間で頭を膝に埋めて震えている。


「殺さないでください」


 誰かが近づくのを避けようと、差し出していた左手を両手で握った。彼女がその震える手を引っ込めようとするのをぐっと抑える。


「大丈夫、誰もあなたを殺したりしない。大丈夫……」


 彼女が膝の間にうずめていた顔を上げて、私の顔を見た。黒い目をしたかわいい子だ。でもその顔は涙に濡れて、あからさまな恐れの表情を張り付かせている。


「大丈夫、もう怖くないよ。私は『風華』、八百屋の娘よ。あなたの名前は?」


 涙にぬれた目が驚いたように瞬きする。白蓮の手らしきものが後ろで何やら私にちょっかいをかけてくるが、そんなものは無視だ。というか、うっとうしいから止めろ。


「あなたの名前は?」


 私はなるべくにっこり微笑むと、もう一度彼女に聞いた。


花輪(かりん)……」


 女の子が震える声で小さく答えた。見る限り怪我はないらしい。マ者によって破壊された隙間から入る風と、雨が激しい音を立てている。ここにいればマ者が戻ってきたときに、外から見つかるかもしれない。下に下さなくっちゃ。


「ふーちゃん、これを、手遅れかもしれないけど……」


 後ろにいる白蓮が、私の前に竹筒を差し出してきた。私はそれを受け取ると、花輪ちゃんに、


「マナ除けをかけるね。怖い奴が寄ってこなくするおまじない。ちょっと臭いけど我慢してね」


と告げて、竹筒の中身を彼女に振りかけた。何やら怪しげな液体をかけられた、花輪ちゃんが『ひっ!』と言って身を固くする。うん、うん、分かるよその気持ち。


「臭いよね。お姉さんもかけているから、やっぱり匂うかな?」


 彼女の顔から少しだけ恐れの色が消える。私は彼女の手を引いて白蓮の方に向き直った。


「この子を下におろしてあげるから手伝いなさい!」


 白蓮は私の顔を見て何か言いたげに口をパクパクさせていたが、あきらめたのか階段の入り口の前から体をずらすと、私達の背後を守るようにしながら、花輪ちゃんを下ろすのを手伝ってくれた。


 私の上着をつかんでいるその手の震えが私の体に伝わる。その手の震えに以前、隣の家のおばあちゃんが飼っていた子犬を抱かせてもらった時の事を不意に思い出した。


 私と花輪ちゃんが、狭くて急な階段をお尻をぶつけながら滑り落ちるかのように降りると、後に続いた白蓮が、階段をさっと上へと上げた。


 どんくさいやつと思っていたけど意外に身軽。覆いを下した角灯の鈍い明かりの中にいる皆が、私とその背後にいる花輪ちゃんを注目する。花輪ちゃんはまた、『ひっ』と声を上げると背中に隠れた。


 角灯の黄色い光を横顔にうける旋風卿の顔をみたら、誰でもびびると思う。正直マ者よりよほど怖い。


「花輪ちゃんです」


 とりあえずみんなに紹介しなくちゃね。


「上に隠れていたみたいですけど、怪我はないみたいです」


 ここでにっこり微笑んでみたが、角灯に照らし出されるみんなの顔は無表情、無反応だ。皆さんこんなに照れ屋でしたっけ?


「奴らにここがばれていた理由がよく分かりましたよ」


 旋風卿はいつものやれやれという表情で私を見た。私には何のことやらさっぱりだ。


「ここに、()人も居たんですからね」


 旋風卿は私の背後に隠れる花輪ちゃんを指さして話を続けた。


「お嬢さん。せっかく生き延びたというのに申し訳ないね。定員越えなのだよ。苦しまないようにしてあげるから、さっさと退場してはいただけないだろうか?」


 『苦しまないように』? 『退場』!? この人何言っているんだろう。意味わかんない。


「何でもします。だから殺さないでください……」 

 

 背後にいる花輪ちゃんの消えるような叫び声が聞こえた。もしかしてこの超危険人物は、この子を殺そうとしている!?


 私は慌てて居並ぶ人たちを見渡した。私の視線を受けた歌月さんが、申し訳なさそうに首を振る。世恋さんも悲しそうな顔をしているが、仕方がないとでも言う様な表情だ。


 隣にいる白蓮は、その顔を床に向けて私に視線を合わせようとしない。百夜ちゃんは、私達が下りて来た階段のある天井を見上げて右に左へと上体を揺らしている。


 その姿を見て花輪ちゃんの私の上着をつかむ手に、力が入るのが分かる。その瞬間、私の中で何かがはじけた。


「何が冒険者よ。偉そうに。二つ名持ちだ? この唐変木!人はバサバサ殺せるくせに、あの『鳥もどき』は怖いってか!?」


「唐変木?」


 でかいだけの、びびり男が怪訝そうな顔で私を見た。私は居並ぶ人たちをもう一度見渡す。体中に熱い何かが駆け巡っている。それは私の体を燃えつくそうとしているかのようだ。


「定員越え!? あんた達と一緒にいるなんて、こちらから願い下げよ」


 あんた達なんかにはたよらない。私がやる!この子は私が守る!


「白蓮、その刀を渡しな。八百屋をなめるんじゃない。あんな『鳥もどき』、向いの肉屋の商品じゃないか? 向かいの肉屋の商品ごときに八百屋がなめられてたまるか!私が全部まとめて焼き鳥にしてやる」


「白蓮君?」


「アルさん、まずいです。ふーちゃん切れました。こうなったらアルさんごときでは無理です」


「ごとき?」


「あの山さんですら、手がつけられないんですから!」


 お前は何を私についてペラペラと喋っている? そんな事より……。


「白蓮、何をぼさっとしてるの。さっさとその刀をよこしな!」


 私の手から逃げ回る白蓮。お前は猿か? その刀さっさとよこせ!表にでて勝負をつけてやる!


 私の意識はそこで途切れた。

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