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不安

 茜色を藍色に変えながら暮れ行く空の下、私たちは白蓮の戻りを待ちつつ夕飯を取っていた。


 白蓮は一亥(2時間)をだいぶ余して戻ってきた。背嚢にはマナ除け草と、虫除け草。それに山菜ときのこ。きのこには私の大好きな「あみたけ」もあった。


 革袋には水葛からとったらしい水が、たっぷりと入っている。それでも白蓮は、水葛からあまり水が取れなくて時間がかかってしまった事、水葛の水がもうかなり枯草臭がついてしまっていることについて詫びていた。もっともそれは白蓮のせいではないと思う。


「森の様子は?」


 歌月さんの問いかけに、


「特にマ者の気配はしませんでした。どちらかというといつもの森より静かだったような気がします。もっとも僕は探知持ちじゃないので、あまりあてにはならないですけど」


私から汁を受け取った白蓮が小声で答えた。


「ふーちゃん、昨日はちょっと薄味だったけど、今日のこれ、しょっぱい。塩加減が……」


 お前、今なんて言った?


「とっても、とってもおいしいです」


 私の表情を見た白蓮が慌てて口を開いたがもう遅い。白蓮の手から器をふんだくる。


 お前にはこれを食べる権利はない。返してほしくば三回、額を地面にこすりつけて懺悔の意を示せ。


「フフフ……」


 私達から離れて、警戒役で木の陰にいるはずの世恋さんの含み笑いが漏れる。


「お前達、つまらないな」


 百夜ちゃんが、お代わりの器を差し出して私に告げた。


「百夜ちゃん、それ僕のだよ。分かっている? 分かっているよね!?」


「白蓮、声が大きいよ」


 歌月さんのお叱りの声。


 白蓮が森にでかけて帰ってこない時に、店の奥で一人で食事をとっていたのと、今とどちらが幸せな食事なのだろう。


 どちらが安全かという話であれば明らかだけど、どちらが楽しいかと言えばちょっと考える。たとえ目の前にいる大男が超危険人物だとしても。


「監督官殿、不寝番は後と先どちらをご希望ですかな?」


「後で頼むよ」


 食事が終わって私達は木立の下に厚手の油紙を引いて、その上に大外套を着たまま横たわった。辺りに漂う虫よけのかすかな香り。厚手の油紙をしていても、地面の冷気が体へと忍び込んできて思わず背を丸めた。


 旋風卿と歌月さんの手元がかすかに差し込む星明かりを反射している。二人ともしばらくは寝たふりをしながら、あたりの様子を伺っているらしい。


 世恋さんは、最初の不寝番らしく木立の陰にいるはずだが、その姿は全く見えない。


 眼の前、月が上がる前の夜空には満点の星が広がり、耳元では秋の最後に向けて、虫達の大合唱が聞こえる。その合唱を超えて森の方から鳥獣かマ者かの鳴き声らしきものが響いて来る。


 その鳴き声の一つ一つが、私に向けて襲い掛かってくるのではないかという妄想に駆られてしまう。


 私は隣で横になる白蓮の手を握った。この全てが何かの悪夢だったら本当にいいのに。それとも「緑の三日月」での日々が幻だったのだろうか?


 でも白蓮、この手は間違いなく本物だよね。


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