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八百屋

 その日は特に何の問題もなくまだ日が大分あるうちに野営に入ることができた。収穫が終わってしまった耕作地には人影は全くない。


 100年以上前からあるという、森との境界線上にある探索路は馬を駆るうえではとてもいい道で、距離的にもだいぶ進むことができたようだ。


 やはり乗馬で行くのと荷馬車でいくのでは大違い。もちろん歩きなんかとは比較にならない。


 ここから先は旧街道をはさんだ両側の森がぐっと狭まって、人が住む地域に終わりを告げる。つまり私はあの旧街道に向けて刻々と近づいているという意味でもある。


 私達は森からちょっと離れたところにある、まばらに生えている木立の中を野営地にした。馬たちは木立の間に生えている草をゆっくりと食んでいる。


 旋風卿が言うにはよく訓練された軍馬で、忍耐強いとのことらしいが、私のような素人に毛が生えたような乗り手でもちゃんと言う事を聞いてくれるいい子達だ。


 きっとお金を出して買おうとしたらとんでもない金額になるんだろうな、なんて事を庶民の私は考えてしまう。


 百夜ちゃんは、ゆっくりと草を食む馬たちが面白いのか、側に行ってはその鼻先やらを撫でている。お願いだから不意に後ろに回ったりして蹴飛ばされないでくださいね、死んじゃいますよ!


 私はマナを使って起こした種火で小さなかまどを作り、煙を必死に飛ばしながら、水の煮沸と乾燥豆に白蓮がとってきた香草を入れた汁で簡単な夕飯の用意をしていた。逆に言うと私ができることはこれぐらいしかない。


「かなり進めたね」


 警戒線とやらを張り終わったらしい、白蓮と旋風卿と歌月さんの三人が背後を気にしながら戻ってきた。その後ろでは木立の入り口付近で警戒していた世恋さんが三人に入れ替わるように前方に出ていく。


「この調子で明日も進みたいものですな?」


 旋風卿がゆっくりとした動きで腰を下ろしながら告げた。


「残念ながらそうはいかないだろうね。もうすぐ耕作地は終わりで、この辺りは旧街道に入る前の最後の村の手前だ。旧街道の入り口に入るにはどうしてもこの村の中を通ることになる。場合によっては馬を曳いて森の中を通ることも考えないといけないね」


 歌月さんが旋風卿に残念そうに答えた。確かに旧街道に向けて漏斗の口の様に森が両側から迫る感じになる。


 そしてその入口の前には、黒の時代の関所の跡とか言う所に作られた村が旧街道の門番の様にあった。


「その相談はもう少し後で、皆が集まった時にしましょうか?」


 旋風卿はそう一言告げると、白蓮の方を向いた。


「白蓮君、森で水葛から飲み水と、マナ除け草に虫よけ草、それに可能なら食材の確保を頼む。旧街道に入るとどれだけ確保できるか分からないからね。段取りは君に任せるよ。何人でいくか、誰と行くかも含めて決めてくれ」


 白蓮はその依頼に首を縦に振ると、旋風卿に向って、


「アルさん、了解です。一人で行きます。もし量が確保できそうなら往復します。空いている背嚢袋と革袋はどれだけありましたっけ?」


と答えた。まあ、森での採取はこの男の唯一の特技ですからね。ここだけの話、緑の三日月の売上の3割はこの男の森からの収穫です。利益率は……秘密です。


「白蓮君、この忙しい時に冗談はやめていただきたい。ここは君が普段潜るとび森じゃない。本森だよ。それとも君はめんどくさくなって、自殺でもするつもりかね?」


 旋風卿が、白蓮に以前に『はいほ~』発言した私を馬鹿にした時と同じような表情を向けた。本当に嫌味な方ですね。少しは初心者への配慮とかは無いのでしょうか?


「アルさんの方こそ冗談がきついですよ」


 白蓮、君は意外と打たれ強いね。見直したぞ!


「たかが採取ですよ。それに死ぬ前に山さんから、採取で森に入るときは一人で入れって言われています。守らないと山さんが化けて出て来ちゃいますよ。では、行ってきます。遅くても一亥(2時間)以内には戻ります」


 旋風卿と歌月さんがあっけにとられているうちに、白蓮は空いていた背嚢袋と革袋を手に森の方へと辺りを警戒しつつ身をかがめて移動していく。


 背負った革袋以外と言えば、帯革につるした鉈と小刀ぐらいしか持ってはいない。


「お嬢さん、彼はどのくらいの頻度で森に入っていました?」


 我に返った旋風卿が、ちょっと真剣(怖い)な顔をして私の顔を覗き込んだ。旋風卿、顔がちょっと近いですよ。


「白蓮ですか? 基本的には毎日ですかね。と言っても距離によっては、移動に日数がかかる場合もありますけど。葉っぱとって帰ってきては、また出かけるの繰り返しでしたよ。おかげで一部の人には『八百屋』と呼ばれていたみたいですけど……」


 まあ、うちは八百屋ですから非常に助かっていましたけどね。


「監督官殿?」


「白蓮が休みなく出かけていたのは本当だね。でもここは西の森、本物の『追憶の森』だ。いくら白蓮が採取目的だといっても……」


「彼が少し変わっている点については、私も思い当たる節がないわけではない」


 旋風卿がちょっと考え込んだ表情でつぶやいた。


「いずれにせよ、解決しなくてはいけない問題の一つが解決できた様ですね。おそらく彼は人数に入れなくてもよい()()()()ですな。これで我々は定員内で旧街道に入ることができます。だれかに退場していただかなくてすみました」


 旋風卿、最後の一言は冗談ですよね、冗談? でも目がぜんぜん笑っていないですよ。


 白蓮、帰ってきたら直ぐに逃げよう。私たちはすごく危険な(やばい)人と一緒にいる。


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