未熟
紫暗色の鎧を着た男は、読んだ書類を油灯の火にかざして燃やした。水に滲まぬように、ある意味燃えやすいように油が塗りこめられた紙は、一瞬の炎のきらめきで灰に代わる。
「戻ったか? 早かったな」
男は部屋の隅に控える黒い影に声をかけた。
「先触れの通りです。次男の勘が思ったより良くて、こちらで始末してしまいました」
「勘が良くてか?」
男は、影の答えを値踏みするようにつぶやいた。
「兄との間の相対的な評価です」
鎧を着た男は机の上に組んだ手に顎をのせると、
「本来はお前に頼むべき仕事ではないのだが、今はともかく手が足りない」
と語った。その声はいたわりというより少し優し気に聞こえる。
「父様、ひとつ聞いても良いですか?」
影はそう発言すると、油灯の前へと進んだ。それは少し小柄な、まだ幼さを十分に残した少女だった。そして知念の胸に小刀を突き刺して、ゴミ捨て場へと突き落とした者でもあった。
「なんだ?」
「結社のものについては、向こうで処分するでしょうから、こちらで特に手を出さなくてもよいのではないでしょうか?」
男はその言葉を聞くと、一つ溜息をついて発言者に向って頭を振って見せた。
「お前は先触れの文を全部読んだのか? どことつながっているかを探って、必要なら消せだ。殿下は必ず消せとは言っていない」
「それは分かっています。どことつながっているかをわざわざこちらで探らなくても、向こうから教えてくれるのではないかと……」
少女の当惑した表情に、男は少し困ったような表情を見せると、
「お前はまだ若いな」
と告げた。
「だからこそお聞きしているのです。私は早く父様のように殿下のお役に立てる人間になりたいのです」
そう訴える少女の目は必死だった。
「殿下がどことつながっているかと言っているのは結社だけの事ではない。こちらも含めてどことつながっているかを調べて、必要なら消せと言っているのだ」
「こちらですか?」
「そうだ。今回の戦は殿下が絵を描かれて、良仙殿がそれを実行した」
「殿下の慧眼こそ恐るべしと思いますが?」
少女の表情からはまだ当惑の色は消えてはいない。
「だがこちらが強制するまでもなく、結社の方からおとりになる旨を良仙殿に提言してきた。そして良仙殿は結社の者の一部を解放した。それが結社の条件だったからだ。殿下はこの絵が出来過ぎだと思っていらっしゃる」
少女から当惑の表情が一瞬で消え、恥じ入るような表情へと変わった。
なんという考えの深さだろう。私など足元にも及ばない。まだまだ自分は未熟だ。殿下はもちろんの事、父の足元にも到底及んではいない。
こんなことではいつまでたっても父のようにはなれない。私はもっとあの方の意を汲んでお役に立てる人間にならねばならないのに……。
「衛士隊の捜索はどうなっていますでしょうか?」
「何隊か送り出したが空振りだった。もっとも衛士ごときに見つかるような者達ではあるまい。我々としては、お前達を見ているぞという彼らに対する伝言だよ。これで向こうの選択肢はだいぶ狭まる筈だ」
「旧街道ですね」
やつらはそこに向かうしかない。
「そうだ。旧街道から関門を超えて城砦へと向かうはずだ。戻って早々で悪いが……」
「早速向かいます」
休んでいる暇などない。私はまだまだ多くを学び、多くをなさねばならない。私の最後の血の一滴まで全てあの方の為にあるのだから。




