墓標
私達は一の街からさほど遠くない丘の上に居た。目の前には母と父の墓標が並んで立っている。
私の横では少しやつれた白蓮が、世恋さんを支えて立っており、私の前では一人の大男がその墓標の前で跪いて首を垂れていた。
父の墓には私が添えたものではない、しおれて枯れかけた赤い花が幾輪かおいてある。これは私の後ろに百夜ちゃんを連れて立っている歌月さんが供えてくれたものだろうか?
百夜ちゃんはというと、歌月さんにもたれかかって船を漕いでいた。徹夜の上に日が昇る前からここまで馬を走らせてきたのだから、まだ相当に眠いのだろう。
目の前にいる大男、『旋風卿』ことアル・マインさんは、私と白蓮に仕事が一つ残っていると言って、私に父の墓まで案内してほしいと頼んできた。なんでも旋風卿をこの地に派遣した人からの頼みらしい。
旋風卿は、ここに来る途中何度も後ろを気にしたり、私たちの馬の足跡が残らないかを気にしていた。歌月さんが言うには追手を気にしているらしいとのことだが、私達に追手をかける意味などあるのだろうか? 八百屋の娘の私にはその辺の事情など全く分からない。
母の墓は下の方はすでに多くの苔に覆われている。父の墓も真新しいという訳ではない。父は生前かなり前から自分の墓をすでに用意していた。母の横で確実に眠れるようにと。
『私をすぐにも置いてけぼりにするつもりか?』と非難した私に父は笑って、『自分の墓をさっさと立てるのは冒険者のゲン担ぎだ』と笑って答えた。いつでも死と隣り合わせの冒険者というものはそういうものなのだろう。父の望みはかなった。
父の希望で母の墓標に名は無い。
「愛した人、ここに眠る」
私は、父の墓標に、
「愛された人、ここに眠る」
と泣きながら自分の手で刻んだ。そのため父の墓標の字は母の墓標に比べてかなり残念な感じだ。白蓮は私の傍で文字を刻む私のノミと肩を支えてくれた。
私がそんな感傷に浸っている前で、旋風卿は立ち上がるとやおら父の墓標の周りをぐるぐると回りだした。そして何か納得したようにうなずくと、墓石をさせえていた背後の礎石を、いきなり持ち上げて横に放り出す。
「ちょっと旋風卿、何をいきなり父の墓を破壊してくれてるんですか!!」
私は叫び声をあげるたが、旋風卿は一向に気にしないで破壊活動を続けている。
隣にいる白蓮もその姿をあっけにとられて見ている。止めることもできずに、お互い口をぱくぱくさせているだけだった。
さらにいくつかの石をのけた旋風卿が墓石の後ろにあいた穴の中を見ながら、
「流石ですな。これで旅の支度が整うというものです」
と呟くと、にやりと笑って見せた。上がってきた朝日がその薄笑いを浮かべた顔を不気味に照らしている。
なんですか、貴方は冒険者ではなくて墓荒らしだったんですか? もう文句を言う気分にすらならない。
まさかこんな形で故郷の住み慣れた街を後にすることになるとは。どうやら私の旅という奴は始まってしまったらしい。
振り返ると上がってきた朝日に一の街の城壁が、役所の塔が長い影を描いていく。
役所の塔の夜明けの鐘の音を聞きながら『一の街』に、そして『緑の三日月』に心の中で別れを告げた。
でも風華、寂しくても侘しくてもあなたは決して独りぼっちじゃない。私は世恋さんを支える白蓮を見ながら思った。
はず……はずだよね? でも昨晩もそっち優先だったよね……白蓮君?




