餞別
「再会の挨拶は、後回しにしてもらいたい」
扉の外に結社で見た銀髪の兵士長さんが立っていた。彼の黒い軍礼服は砂塵に汚れて半ば薄茶色に染まっている。よく見ると旋風卿の大きな顔も、白蓮の本来は青白い顔も、今は薄茶色の砂にまみれていた。
「アル・マイン殿、白蓮君。それに、君は確か長の娘だったな?」
彼は軍靴の音を響かせながら中に入ると、歌月さんの方を振りかえった。上着の紐が切れてその存在感を隠せなくなった胸を手で押さえながら、歌月さんは慌てて膝兵士長さんに向って膝をついて見せた。
前の経緯があるから内心はびくびくものなのだと思う。私もあわてて膝を折ると、隣にいた百夜ちゃんの口元を押さえつつ頭を押し下げた。私の命ある限り決して余計な事は言わせまい。
「この者達は?」
兵士長が私と百夜ちゃんを指さして、旋風卿に問いかけた。
「白蓮君の身内ですな。まあ彼が倒した黒犬の駄賃ぐらいにはなると思いますが……」
兵士長は旋風卿に向き直ると話を続けた。
「長との軍議通りに、君たちには城砦に戻って事の次第を報告してもらう。本来なら人質を取るべきだろうが……」
兵士長はそこで世恋さんと私、百夜ちゃんを一瞥したが、あまり興味がないという表情をすると話を続けた。
「今回は報告の信頼性を高める為に無しとする」
「ご配慮ありがとうございます」
旋風卿が兵士長に向かって深々と頭を下げた。
「人数分の馬を外に用意する。それに乗ってすぐに報告に向かいたまえ。間違ってもこの街には戻ってこないことだ。それとこれは私からのささやかな餞別だ。この街を出るまでの幸運のお守りだよ」
そう言うと、兵士長は白蓮に向かって金色の円盤のようなものを投げた。兵士長は頭を下げる歌月さんの方を一瞥し、
「私も年だな。この年になると死んだ者との約束をそうそう無碍にはできなくなる」
独り言のようにつぶやくと、踵を返して外へと出て行く。彼が去った後の静けさの中、私の耳に歌月さんの嗚咽が、小さく小さく響いていた。




