表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
439/440

終焉

 多門は関門の頂上から下を眺めていた。その視線の先、壁の遥か下では豆粒大に見える白と黒の点が、まるで死体に群がる蠅のようにぐるぐると渦巻いている。


 傾斜路で燃え盛っていた火も下火になっていた。油は良く燃えるが燃え尽きるのも早い。黒く燃え上がっていた煙も白くそしてだいぶ薄くなって来ていた。これで下から登ってくるやつらを止めるものは何もない。


「動ける人員はどれだけいる」


 多門が一緒に探索路を眺めていた面々に質問した。


「関門からの応援を含めても100も居ないよ。もちろん自分で歩ける軽傷者は『動ける』に入れてだ」


 歌月が多門に向かって答えた。出血のせいかその顔色は青白く見える。


「関門からの追加の応援は?」


「下で編成しているという話だけど、それがここに登って来るまでには時間がかかる。昼食までは掛からないと思うけど、朝食の時間までじゃ足りないね」


「それまで持たせないといけないという事だな」


「そうですな。派手に最後の突撃とはいきませんな」


 多門の質問に歌月の横で槍を杖代わりに立っていた旋風卿が答えた。つまりはあの集団がこちらに登ってきた時点で、城砦も関門の街も終わりという事だ。いや、人の世、それ自体の終わりだろうか?


「お二人は十分暴れたかもしれないけど、こちらは少し欲求不満でね。任せてもらっていいかな?」


 創晴が歌月と旋風卿の二人を見て告げた。創晴なりに気を使ったつもりなのだろう。二人とも立っていられること自体が不思議なくらいだった。


「創晴さん、探索組伝統の勝手気ままはいけませんよ。こういう地道という奴は警備方の得意技です」


 その後ろから伊一が声を掛けた。伊一の言葉に創晴が肩をすくめて見せる。


「有珠殿、あとどれだけいける?」


 学心が帆洲によりかかるように立っていた呪符卿に声を掛けた。


「すみません。ほぼ使えそうなマ石はありませんし、私も空です」


 それを聞いた学心が黙ったまま壁の下を見つめる。用兵上、これ以上は打つ手なしという事だ。そしてそれは誰の目にも明らかだった。


「鹿斗、急行便の用意をしろ。可及速やかにだ」


 多門は背後にいた鹿斗に声を掛けた。そして学心の方を向いて口を開く。


「学心全権殿、今度は止めるなよ。もう誰を巻き込もうが関係なしだ。それにマ者とやりあって最短で退いた結社長として歴史に名を残すのも悪くはないだろう?」


「多門、それはお主の認識というか知識不足だな。不慮の事故で最短で退いた記録は二日だ。お主はもうとうにその記録には届かない」


「それは残念だな」


 多門は学心に向かって肩をすくめて見せる。だがすぐにニヤリと笑って見せた。


「俺はあんたたちと違って戦の作法は良く知らないが、最後の突撃とかいう奴は大将を先頭にやるもんなんだろう?」


「あれは何だ?」


 多門に対して学心が何かを告げようとした時だった。不意に監視役の物見方の一人が声を上げた。彼が指さした先では薄くたなびく煙の先、本城砦の背後に広がる嘆きの森へと真っ赤な月が沈もうとしている。


「あれは、いったい何だ?」


 多門の口から思わず声が漏れた。沈もうとする月の隣に黒く見える本城砦から、何かが飛び立とうとしている。帳か? いや帳にはあんなに長い尾はない。いやどうしてこの距離ではっきりと翼が分かるんだ!? その大きさと姿に多門の頭が混乱する。


「竜です!間違いありません。竜です!竜が二匹です!」


「よこせ!」


 多門は物見方の男から遠眼鏡を奪って覗き見た。その丸く見える視界の先に、赤と黒の二匹の竜が羽ばたきながら、お互いの背に食いつこうとでもしているのかぐるぐると回って飛んでいる姿が見える。


「何だ、仲間割れか?」


「報告、下に新しい奴がいます」


「上も帳の群れとは別の何かが……」


 監視役から次々と報告が入る。


「火蜥蜴です!」


 多門は遠眼鏡を下へと向けた。そこでは真っ赤な炎を吐く火蜥蜴が、集団で壁の前で蠢いていた黒犬と渡りを燃やし尽くしていく。


「飛蜥蜴です!」


 そして城砦の上の方、帳が終結しているあたりを見ると、竜を数周り小さくしたようなほっそりとした体に羽をもつ蜥蜴の姿をしたものが、帳に向かって長く伸びる炎を吐いている。


 どちらもこの城砦でもめったにお目にかかることがないマ者だ。それが何でこんなに大量に湧いてきた。これも例のマ者もどきという奴か? だがどうしてマ者もどき同士でやりやっている!? やっぱり仲間割れか? 訳が分からない。多門は大きく頭を振った。


「竜が西の方に移動していきます」


 多門が再び空へと遠眼鏡を向けると、そこでは絡み合うように飛んでいる竜が、その姿のまま西の方、嘆きの森の奥の方へとすごい速さで移動していく。はっきり見えたその翼や尾も今は判別することなどできない。


「居なくなりました。何も居ません」


「何だと!」


 背後で監視役のあっけにとられた声が上がった。多門はその声に慌てて下を見る。先ほどまで下であれだけ赤く光っていた火蜥蜴の赤い炎が何もない。いや、火蜥蜴の姿もそれに焼かれていた黒犬や、渡りの姿もない。上空を飛んでいた飛蜥蜴や帳の姿もなかった。何も、何も居ない。


 ただ血のように赤い月が、嘆きの森の向こうの地平線へとその姿を消そうとしており、背後の空は間もなく顔を出そうとしている太陽の光に、僅かずつ黄色く染まろうとしているだけだ。


 そして絡み合うように、争うように飛んでいた二匹の竜の姿はどこにも見えなくなっている。


「終わったのか?」


 多門の横で創晴が小さな声でつぶやいた。


「急行便の用意はまだか!」


 多門の叫びが関門の頂上に響き渡った。


* * *


 朝もやの中、左2の監視所の仮説の桟橋に人々の影があった。一人の男が大きな背嚢を浮き橋へと下すと、そこに集まっている人々に向かって口を開いた。


「皆さん、お忙しいところをわざわざここまで来ていただいてすいません」


 白蓮は見送りにきた人達に頭を下げた。


「何を言っているんだ? これはお前だけの問題なんかじゃない。本来は城砦を上げて捜索隊を出すべき案件なんだ」


 多門が吐き捨てるように答えると、本当に悔しそうな表情をした。


「その通りです。この件については結社長に完全に同意いたします」


 その様子に白蓮は思わず苦笑した。この二人は夫婦になったんだよな? もしかして家でもこの調子で話しているのだろうか? きっとふーちゃんがいたら二人に向かって、「ちょっとそこに座りなさい」ぐらいは絶対に言うだろう。百夜ちゃんなら「つまらないやつら」だろうか?


「多門結社長に美亜副結社長、復旧作業やら何やらでそれどころじゃないでしょう? これは僕の仕事ですよ」


 それに美亜副結社長、あなたはそれを止める方じゃないんですかね? 白蓮は心の中でそう付け加えた。


「本来なら捜索の方を優先すべきだ。その間は皆で草の根でもかじっていればいいんだ」


 多門の言葉に白蓮は今度は声を上げて笑いそうになった。もしかして本気で言っていませんか? やっぱりふーちゃんから変なものをうつされてますよね?


「でも皆さんの生活もありますからね。それに時間がたてばたつほどあの二人ですから、絶対に変なところに迷い込むと思うんですよ」


 これは冗談じゃないですよ。皆さん、ふーちゃん達がどれだけ面倒なことを引き起こすか良く知っていますよね? 普通にできない人達ですからね。


「そうですね。その通りですね」


 白蓮の言葉に笑いをこらえながら世恋が答えた。その場にいる全員がその言葉に頷く。


「はい、世恋さん。その通りです」


 不意に黒い髪の人影が白蓮の前に出ると、思いっきり抱き着いた。


「白蓮さん、マ者達の姿も戻ってきています。十分に注意してください」


 白蓮は抱きついてきたその体の柔らかさに慌てた。そして思わず創晴の方をちらりと見る。千夏さん、これ以前にふーちゃんの前でやりましたよね。気をつけてください。本当に命に係わるんです。本当かな、この間はそれほど怒ってなかったよな。それはそれでとっても危険な気がする。


「はい。千夏さん、十分に気を付けます。私が不在の間は創晴さんに、いや、先にちゃんと研修を終わらせてください。美亜さんに僕が怒られます」


「白蓮、そんなの必要か?」


 白蓮はその言葉に思わず額に手をやる。創晴さん、口は災いの元という言葉の意味を真剣に理解した方がいいと思います。あなたの隣にいるのは美亜さんですよ。研修組組頭兼任です。


「創晴さんは邪魔です。口を閉じていてください。はい、白蓮さん。速攻で終わらせます」


 千夏の言葉に美亜が苦笑して見せる。良かった怒っていない。白蓮は安堵のため息をついた。


「そうですね。ぜひ速攻で終わらせるように頑張ってください。それとお偉いさん達の手土産のお菓子は食べ過ぎないでくださいね。おいしいですけど、あれは相当に甘いですよ」


「あら、それはいいですね。今度、私も探索組までお茶を頂きにいってもいいですか? 最近は甘いものがすごく食べたくなるんです」


 世恋が白蓮の言葉に反応する。あれ? 前はあまり甘いものは好きじゃなかったですよね? それに探索組って、それなりに人が居ますけど、大丈夫ですか?


「世恋さん、もちろんです。探索組の最優先事項に入れておきます」


 創晴が真顔で世恋に向かって答えた。その顔は間違いなく本気だ。絶対にその日は潜りにいかない気満々の顔をしている。創晴の答えに千夏がその横腹を思いっきり小突いた。


「ぐえ!」


 その不意の一撃に創晴は体を曲げて悶絶する。その姿に周りから笑い声が漏れた。探索組の組頭がこれで本当に大丈夫なんだろうか?


「兄と歌月さんからも、気をつけていくように言われています」


 世恋が名残惜しそうに声を掛けた。


「そうですね。お二人とも早く怪我が良くなるといいですね」


 白蓮はそう告げると世恋に向かって頷いて見せた。二人の傷は相当に重症だったらしく、未だに城砦の医事方にいる。二人とも出ると言い張っているらしいが、医事方の弥勒さんと美亜さんが頑固にそれを拒否しているらしい。無理をしないでさっさと直せという事だろう。


 医者の見立てではアルさんの右腕も、歌月さんの右足も完全に元にはもどらないとか言っていたそうだが、どんな寝言を言っているのだろう? あの二人だ。絶対に元通りになるに決まっている。


「白蓮さん、本来ならあなたはここに残って冒険者を、いや世界を導くべきなのですが……」


 有珠が白蓮の手をそっと握ると祈る様な表情をした。その表情に白蓮は後ろに一歩下がりそうになる。


「姉さん、それは言わないと約束しただろうに」


 帆洲が有珠に声を掛けた。しっかり見張っていてくださいね。無いことだらけを広められると本当に困るんです。特に「英雄」とか言うのは絶対に止めてください。白蓮は帆洲に目でそう訴えた。


 そんな事をされた日には……戻ってきたときに、どんだけふーちゃんにいじられるか想像もできないです。きっと腹をかかえて大笑いされます。それにですね、


「有珠さん、僕にはそんな甲斐性はないですよ。それにまずは、迷える二人を導く方が先です」


 有珠を除く全員が白蓮に向かって頷いて見せた。


「では、行ってきます」


 白蓮は浮橋に乗って先導綱を引く。それに合わせて小さな水音が上がり、浮橋はゆっくりと離れていった。桟橋に残った者全員の右手が上がる。


『森があなたを無事に返してくれることを!』


 白蓮の目からは桟橋に残った者達の掲げた手信号が、次第に小さくなり、そして朝もやの向こうへと溶け込んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ