表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
436/440

気合

「傾斜路は廃棄する。呪符卿と鹿斗に連絡。今こちらに上がってきているやつを吹き飛ばして、傾斜路に火を放つ」


 学心は背後に控える者達に告げた。骨と皮しかないような顔に、白髪を汗で張り付けたその姿は、まるで死神のように見える。


「本気か?」


 多門が学心に聞き返した。火が消えた後は油はもう効かない。一時しのぎの時間は稼げるが、その後は下から上がってくるやつらの圧力は何倍にもなる。


「そうだ。奴らの攻撃は今や休みなしだ。この頂上と傾斜路の両方を同時に防衛するのはもう無理だ。炎を放てば少なくとも下からの襲来については時間が稼げる。全ての戦力を上に集中して帳に向ける。そしてその間に後列を関門へと撤退させる」


「後列をですか? 戦線の維持が出来なくなりますが?」


 今度は柚安が学心に聞き返した。ここ半日でもここを保持することが出来たのは、すぐ背後に後列が控えて武器や食料の補充やらの支援を行ったからだ。後列の支援を失えば前線の維持は不可能になる。


「もう維持など出来ていないのだよ。崩壊するのも時間の問題だ。ならばせめて我々はあと少しの間、後列が朝日を拝める迄の時間ぐらいは稼いでやるべきではないのか?」


 学心はそういうと背後に控える一同を見回した。


「そう言う意味ですか。それなら納得です」


 創晴がさっぱりとした表情で答えた。そうだ。人間真っ暗なところで死ぬほど情けないことはない。せめて日の光がさしているところで、お互いの顔が見える中で、青空を眺めながら死ぬべきだ。


「だが傾斜路から撤退までの間は、誰かが殿を務める必要がある」


 学心の言葉に、創晴は弩弓を肩に担ぐと答えた。


「やっと出番という事でいいですよね」


「そうだな創晴。お前達、総予備の出番だ。これは最後の突撃の露払いという奴だからな」


「学心全権殿、了解です!」


 創晴は学心に向かって満面の笑みで答えた。


* * *


「傾斜路からは撤退です。上の出口のところで頂上組と合流します」


 朋治達駆け出し組に対して香子が告げた。その声にはさすがに疲れがある。だが朋治達は余程の事がない限り投入され無かったので、周りにいる人よりはまだましな方だった。


 朋治から見る限り、前に居る堅盾卿なんかはずっと最前線で黒犬や渡りと競り合っている。城砦の二つ名持ちが化け物の中の化け物だというのは本当だ。


「貴方達はすぐに上へと……」


「抜かれた!近接戦闘急げ!」


 香子が朋治達への指示を続ける前に、前に居た堅盾卿から叫び声が上がった。朋治の周りで剣や短刀を抜刀する金属音が響く。西側に傾きつつある月明かりを受けて、何匹かの黒犬が宙高く飛んでいる。それはあっという間に大きくなると、朋治らのすぐ脇の方へと音もなく着地した。


 グルルルゥ!


 黒犬の低い唸り声が響いたかと思ったら、それは次の瞬間には再度跳躍していた。その行く手には元彌が弩弓を手に尻餅をついている。狩の本能だろうか、もっとも無防備で弱いと思えるものから襲いに行く。


 ブン!


 元彌の弩から矢が放たれたが、それは黒犬とは全く別のところ、虚空の彼方へと飛んで行った。朋治は元彌を支援するために黒犬の背後へと動く。だが黒犬は元彌への襲撃を止めない。風で牽制するか? だめだ。陣の中でそんなものは使えない。


「元彌!」


 彦次が手にした槍で黒犬へと突撃した。だがその動きは及び腰で狙いがさだまっていない。


 ガキン!


 黒犬の爪の一振りで、その槍は彦次の手から吹き飛ぶと、関門の壁に当たって乾いた金属音を立てた。もう二人の手元には獲物すらない。


「才雅!」


 朋治は才雅に声を掛けた。才雅の礫なら何とかなるかもしれない。だが前を見ると、才雅は香子さんと一緒に、別の黒犬に向かっている。駄目だ。こちらの相手をしている暇はない。


「こっちよ!」


 朋治の背後から女性の声が響いたかと思うと、続けて「ブン!」という短弩の弓弦がなる低い音が響いた。短弩の矢が黒犬の目の僅か下、頬骨に当たってはじかれる。


 黒犬はその矢を放った方を先に排除すべき脅威と捉えたのか、彦次に向かっていた体を急回転させると、矢を放った先に向かって跳躍した。その先には短剣を抜いて腰を下ろした千夏の小柄な姿がある。


 朋治は焦った。彼女の力は探知だ。黒犬と短剣一本で渡り合うような力じゃない。背後から追うが朋治の足ではとても追い付かなかった。


「千夏、よくやった」


 誰かの冷静な声が響いた。そして弩弓の弓弦の音も響く。


 グギャン!


 黒犬はそう一声鳴くと、地面へと激突して動かなくなった。その先で如何にも冒険者という出で立ちの男性が、弩弓に素早く次の矢をつがえているのが見える。


「千夏、今の位置取りは中々よかったぞ。こちらの射線にうまく誘導した」


「はい、創晴さん。ありがとうございます」


「そこの駆け出し。囮役をやるならもっと気合と根性をいれてやれ。飛んで来る黒犬の牙の数を数えられるぐらいにだ。分かったか!」


 創晴が二人で尻餅をついていた、元彌と彦次に声を掛けた。


「復唱はどうした!」


「はい、創晴さん。了解です」


 創晴の声に二人が慌てて立ち上がる。


「創晴さん、横からきてうちの組のものをどつかないでくれます。余計な事をするとぶっ飛ばしますよ」


 その声に朋治が振り返ると、香子が腕組みをして創晴をにらみつけている。才雅と二人で黒犬を倒したらしい。


「香子副主任、これは失礼した」


 創晴は香子に頭を下げて見せる。香子は一歩前へ進むと、創晴の肩をポンと叩いて見せた。


「ですが、助かりました。ありがとうございます」


「殿は務める。みんなさっさと上へ上がってくれ。有珠と鹿斗のおっさんがここに火を着ける」


「創晴さん。殿は僕も一緒に承りますよ。打ち手の諸君はすぐに上へと移動を開始。姉のマ石は性格同様に強烈だから気をつけてくれ」


 創晴の姿を見つけたらしい堅盾卿が声を掛けてきた。堅盾卿の言葉に創晴らが苦笑いをして見せる。


 創晴と堅盾卿の言葉に打ち手の位置にいたものが一斉に後退を開始する。その動きの素早さに朋治は目を見張った。みんな体力の限界だし、負傷もしているだろう。なのにその動きには油断も無駄もない。なんて人達なんだ。


 創晴は駆け出し組の方へ一歩近づくと、背後から朋治と才雅の肩に手を置いて、千夏の方へ向かって口を開いた。


「千夏、それに諸君、どうやら最後の決戦という奴らしいぞ。もう一度気合を入れ直せ」


「はい、創晴さん。了解です。でも創晴さん、最後の決戦だか何だか知りませんが、白蓮さんが戻ってくるまでくたばる気はないですよ。何が来ても全部ぶっ飛ばしてやります」


 千夏が創晴にそう答えると、朋治と才雅に向かってにっこりと微笑んで見せる。その姿に朋治と才雅も思わず笑みを浮かべた。


「その通りだ千夏。さっさとぶっ飛ばして、組の事務所で3人で茶でもすするぞ。白蓮がどこぞの貴族からもらった、手土産とやらが山ほどあるんだ」


 千夏は創晴に手信号で『了解』を返すと、顔を出した黒犬に対して弩を放ちつつ、傾斜路側に向かって素早く走っていく。朋治と才雅は二人で顔を見合わせた。間違いなくこの人は城砦の冒険者で、あの白蓮さんのお弟子さんだ。気合が全然違う。


 朋治は才雅と共に千夏後を追った。彼女もあの子と同じだ。単にかわいいだけの人じゃない。ぶっ飛んでいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ